2-5 加速する歓声

 その後、


 サビで流れるような走るシーン(楽しそうな表情で)。

 サビやサビ前で流れるようなジャンプシーン(ミラと手を繋ぎながら)。

 間奏で流れるような謎のダンスシーン(振り付け・祝井翠奈)。


 ……というアニソンあるあるにも、ルーベルはすべて付き合ってくれた。

 走るシーン以外はずっと赤面していたが、それもまたルーベルらしくて良いだろう。


「ルーベルさん、今日は本当にありがとうございました! ミラ様と紺藤先生とプルマちゃんもありがとうございます」


 日も傾き、空が朱色に染まっている。

 アニソンあるあるを再現するために。もっと言えば、翠奈の作詞のために。ルーベルまでもを巻き込んで一日を過ごしてしまった。

 申し訳なくて、だけど嬉しくて、翠奈は一人ひとりに頭を下げる。


「別に、俺はただミラに付き合わされただけだ。気にすんな」

「でも、レストランのお仕事が……」

「臨時休業はよくあることだ。ミラの名前を出せば皆納得すんだよ。特にこいつの漫画の読者にはな」


 苦笑を紛れ込ませながらも、ルーベルははっきりと言い放つ。

 そういえば、漫画が大きなエンタメの一つになっているエンターラでは『何でも屋勇者のサブカルライフ』も当然のように広まっているようだ。


 きっと、コンキリオが言うところの「早く付き合っちゃえば良いのに」と思っているエンターラ人も数多くいることだろう。もしかしたら臨時休業でさえも微笑ましく思ってしまう「ルーベル×ミラ」ファンもたくさんいるのかも知れない。

 まぁ、翠奈もそのうちの一人なのだが。


「あの、ルーベルさん」


 とはいえ、実際に「臨時休業」という言葉を口にされてしまうと申し訳なさが深まってしまうものだ。相変わらずルーベルの鋭い三白眼は威圧感があるものの、翠奈は勇気を出して一歩踏み出した。


「良かったら、何かお礼がしたいです」

「……って言われてもな」


 ルーベルは困ったように頭を掻く。

 視線はゆっくりとミラへ移行していた。このメンツの中で助けを求めるのはミラということだろう。フウゥゥ、と一瞬で翠奈の心がファンモードに染まる。


「お、聞こえたぞルーベル。私に助けを求める君の声が」

「おいやめろ。簡単に能力使ってんじゃねぇ。聞かれたら困ることを考えてたらどうすんだ」

「聞かれたら困ること……があるのか?」

「っ! う、うるせぇ何でもねぇよ」


 心の中の「フウゥゥ」が加速する。

 最早「フウゥゥ」ではなく「うふぅえへうぇへ」だ。我ながら気持ちが悪い歓声である。

 ルーベルの顔は夕陽も相まってますます赤らんでいるように見えた。

 やはりミラといる時のルーベルは最高だ。思わずうんうんと頷くと、コンキリオとプルマも同じような動作をしていて「同志よ」と翠奈は思う。


「うーん、翠奈ちゃんにできるお礼か」

「ミラ様、何か思い付きますか?」

「そうだな……。ルーベル、これからレストランを開けることはできるか?」

「あぁ、元々ディナーは開けるつもりだったから別に構わねぇが……確かにそうだな。おい、祝井翠奈」


 突然フルネームで呼ばれ、翠奈はすっかりニヤけきっていた表情を引き締める。


「俺のレストランに客として来てくれれば良い」


 果たしてそれはお礼になるのだろうか、と一瞬だけ思ってしまう。

 だけどルーベルはドヤ顔にも近い表情をしていて、翠奈は気付けば「はいぃ」と頷いていた。



 ***



 ルーベルがオーナーシェフをしているレストランは、翠奈が転移して初めに降り立った噴水広場の近くに佇んでいた。高級感が漂う訳でも、こぢんまりとしている訳でもない。レンガ造りがおしゃれな温かみを感じるレストランだった。


「わぁ、人がいっぱい……」

「臨時休業の時はディナーから再開することが多いからな。常連は色々と察してくれてんだよ。こっちが客に助けられてんだよな」


 微かな照れ笑いを浮かべながら、ルーベルは店の外に並ぶ常連客に「今から準備すっから待っててくれよ」と声をかける。

 優しい声色だな、と翠奈は思った。

 ルーベルは魔王の子孫だし、容姿も悪者感に溢れているし、口調も荒々しい。だけど蓋を開けてみれば普通の青年なのだ。歳は確か二十五歳だったか。ちょっと照れ隠しが苦手で、ミラに負けず劣らずお人好しな青年。

 漫画の時の印象と変わらないルーベル・インサニアだった。


 とはいえ、いきなりルーベルと二人きりだと緊張してしまう訳で。


「翠奈ちゃん、ルーベルの料理は物凄く美味しいんだ。期待してもらっても構わないよ」


 今回はミラにも同行してもらっていた。

 というよりも、翠奈はエンターラの通貨を持っていないのだ。ルーベルは「別に俺の奢りで良いぞ」と言っていたが、それでは流石にお礼にはならないだろう。するとミラが「だったら私の奢りにしよう」と提案してくれて、今に至るということだ。

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