3-4 自分にできる恩返し
ライブが無事成功し控え室に戻ると、ラエトゥス家の三人が興奮気味に押し寄せてきた。
「いやぁ、良かったよ翠奈ちゃん!」
ミラはテンションとともに鼻息も荒くなっていて、
「ふふん、だから言ったでしょ? 祝井翠奈は凄いんだって」
プルマは腕組みをしながら何故か得意げな様子(表情はニッコニコ)。
そしてコンキリオは、
「す……翠奈、ちゃん」
わかりやすく顔を朱色に染めながら翠奈の名前を呼んだ。
「…………と、呼びたいところなんだけど、僕は原作者だから。今まで通り祝井さんって呼ばせてもらうね。何というか、その……はは」
上手く言語化できないのか、コンキリオは何かを誤魔化すように苦笑を零す。
翠奈ちゃん、と呼んでもらえないことは確かに寂しいことだ。翠奈にはニックネームがなくて、ファンからは「翠奈」や「翠奈ちゃん」と呼ばれている。珍しい名前だから皆に覚えて欲しいという思いが強くて、自分が「翠奈」と呼ばれることを誇りに思っているのだ。
だけどライブ終わりの今、コンキリオは一瞬だけでも翠奈のファンとして名前を呼んでくれた。それがどれほど嬉しいことか、わからない翠奈ではない。
「なんか面白いですね」
「……えっ?」
「わたしがコンキリオさんのことを紺藤先生って呼んでるのに似てるなって思って。紺藤先生は原作者で、わたしは主題歌担当アーティスト。何があってもそこは揺るがないっていうのが、なんか嬉しくて」
えへへ、と翠奈はわざとらしく照れた笑みを漏らす。
「…………」
「紺藤先生?」
「あぁいや、その。本当に凄いステージだったよ。明るい歌声も、キレのあるダンスも、時にシリアスな表情も、愛のある視線も……。祝井さんのステージは様々な色に溢れてるんだなって思ったんだ」
「そんな、大袈裟ですよ」
つい、翠奈は反射的に手をブンブンと振ってしまう。
こんな時に否定しなくたって良いのに、という心の声が響き渡る。完全に反省モードへと移行してしまう前に、コンキリオの優しい視線がこちらを向いた。
「祝井さんの歌声は『何でも屋勇者のサブカルライフ』の世界観にピッタリだって思ったよ」
息が止まるかと思った。
原作者から一番聞きたかった言葉を早くも受け取ってしまって、嬉しい気持ちがふわふわと宙へ浮く。だけどまだ、肝心の『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングテーマを聴かせた訳ではない。
心のどこかで芽生えてしまうプレッシャーも確かにあるけれど。
「ありがとうございます」
翠奈は笑った。
ミラに連れられてエンターラにやってきて、エンターラの文化を肌で触れて、自分のステージを届けて、原作者の心にも届いて。
翠奈自身も前向きな気持ちになった。
ミラ達やエンターラに対する言葉はいくつか浮かんでいて、あとは歌詞という大きな形にするだけだ。ミラと出会う前の「無理無理」状態はとっくにどこかへ吹き飛んでしまったから。だからもう動き出すだけ――なのだが。
手の甲を見る。紋章の花弁は五つ。
あともう少しだけこの世界に甘えることはできる、なんて思ってしまって。
「あの、ミラ様」
「お、どうした? もう一回くらいライブしておくか?」
「いやいやしませんよ。……確かに楽しかったですけど。現実と変わらないくらいの熱量を向けてくれて、だけど温かさもあって。本当に異世界アイドルとして続けても良いって思っちゃうくらいでした」
「…………そうか」
一瞬だけミラは目を伏せる。
翠奈の瞳にはどこか寂しげに映り、やがて訪れる別れにはっとしてしまう。
だからこそ、翠奈は明るい声を出した。
「ミラ様! わたし、もう一度だけミラ様がエンターラ人の悩みを解決しているところを見てみたいんです。わたしも協力しますから!」
言いながら、翠奈は頭を下げる。
一度だけ果樹園を荒らすイノポコに対して助けを求める声は聞いているが、翠奈のように誰かの悩みに寄り添うようなものも見てみたいと思ったのだ。
「できないこともないが……私が依頼を選ぶことはできないんだ。イノポコよりも凶暴なモンスター討伐だったら翠奈ちゃんを同行させることはできないからな」
「はい、もちろんです!」
「まぁ、モンスター討伐は緊急性の高いものが多いからな。耳を澄ませる場合は人々の悩みと向き合うことが多いから安心してくれ。今日はもう遅いし、決行は明日で良いか?」
ウインクをしながら訊ねてくるミラに、翠奈はコクコクと頷く。
募る希望と迫る寂しさ。
きっと、今の自分は二つの想いで揺れている。
「よろしくお願いします、ミラ様。紺藤先生とプルマちゃんも、あともう少しだけわたしのわがままに付き合ってくれると嬉しいですっ」
ペコリペコリとお辞儀をして、翠奈はまた微笑みを浮かべる。
エンターラでの日々を思い切り謳歌すること。
それが自分にできる最大の恩返しであり、『何でも屋勇者のサブカルライフ』のためにできることだと翠奈は思った。
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