3-3 アイドルは自分が元気をもらうもの
「皆さん、こんばんは! ミラ様に連れられてやってきました、祝井翠奈です。皆、気軽に翠奈って呼んでね! 今日は楽しんでいきましょーっ」
開演時間になり、一曲目のイントロが流れると同時に翠奈がステージに顔を出す。
すると客席から「フウゥゥ」と歓声が上がり、しかも翠奈のイメージカラーであるミントグリーンのペンライトで染まっていた。
あまりにもいつも通りな光景に驚きながらも、嬉しくてあいさつをする声が弾む。ここは本当にエンターラなのかと思ってしまうくらいに温かい空間だ。
だったら自分もパフォーマンスで応えなければ、と翠奈はニヤリと笑う。
一曲目は『
祝井翠奈の代名詞とも言えるデビュー曲で、アップテンポなお祝いソングだ。
初々しさが残るストレートな歌詞に、まるで音符が弾んでいるかのようなキュートな振り付け。だけど歌声はどこか大人びていて、デビュー当初は背伸びをして歌っていた記憶がある。客席を見る余裕もなくて、ただ満足してもらえるパフォーマンスをしようと必死になっていた。
でも、今はもう違う。
ミントグリーンに染まる海の中にある確かな瞳の輝き。一つ一つを見つめながら、翠奈は「ありがとう」を届けるように微笑みを浮かべていた。
二曲目は『
所謂エレクトロ・ダンス・ミュージックで、切ない歌詞と複雑なダンスが印象的な楽曲だ。普段だったらバックダンサーとともにフォーメーションダンスを披露する曲でもあるのだが、今回は翠奈一人。周りに頼れるダンサーズがいるのを思い浮かべながら翠奈は堂々と踊る。
半分はいつも通り、もう半分はアドリブを交えながら、ここだけの『翡翠色恋模様』を完成させた。
ちなみに、『翡翠色恋模様』は女性人気が高い曲でもある。
ついつい女性客の姿を探してしまうと、ふとフェアリー族のエリアが目に入った。ライブハウスにおいて、フェアリー族の羽はどうしても視界の妨げになってしまう。そのため上手側の位置に「フェアリー族専用エリア」が存在しているのだ。
――というのを『何でも屋勇者のサブカルライフ』で知っていたため、翠奈は内心嬉しくなってしまう。
しかし、それ以上に心が弾むことがあった。
(あの子……)
最前列にいたフェアリー族の女の子と目が合う。
ほんの一瞬だけだったのに、彼女の表情が脳裏から離れなかった。瞳の輝きは彼女だけが放っている訳ではないのに、その眩しさは翠奈の心を射抜いていく。
擬音にすると「ポカン」という文字が似合ってしまうほど、半開き状態の口。ぎこちない動きのペンライト。傍から見ると慣れていない感に溢れているはずなのに、翠奈の瞳には映画のワンシーンのように映っていて。
(異世界でも、種族が違っても……わたし、ちゃんと届けられたんだ)
ぶわりと胸が熱くなる。
つい、嬉しくて表情が緩んでしまった。『翡翠色恋模様』はシリアスな楽曲なのだから一ミリも笑顔を見せてはいけないはずなのに。
やってしまったという気持ちと、それでも心が躍ってしまう気持ち。二つの想いがぐるぐると回転してしまう。
だけど同時に、はっきりと言えることもあった。
祝井翠奈にとって、やっぱりステージ上はかけがえのない居場所なのだと。
軽くMCを挟んでから披露したのは、大人な歌詞とロックテイストなメロディが人気の『エメラルドに
本音を言うと、今回のミニライブで一番危惧していた曲が『エメラルドに口づけを』だった。数日ダンスレッスンをしないだけで体はだいぶ
しかし人気曲の一つである『エメラルドに口づけを』をエンターラで披露しない手はない。本番ギリギリまで自主練習をして、今の翠奈が見せられるエンターテイメントを形にすることに成功した。
(こ、こんなにもいっぱいいっぱいな『エメくち』初めてかも……)
早くも汗が止まらないほど今の翠奈は疲れているようだ。
(よしっ)
しかし翠奈はすぐに前を向く。
今までシリアスな表情を意識していたからなのか、
むしろ、残り一曲なのか寂しいくらいだ。
最後に歌うのは『ありがとうの
祝井翠奈の中では珍しく、振り付けがまったくない曲でもある。その時の気分で振りを付けてみたり、手を振ってみたり、指でハートを作ってみたり。一人ひとりと目を合わせてコミュニケーションを取るのが楽しくて、嬉しくて。現に今、笑顔が溢れて止まらなかった。
あぁそうか、翠奈は思う。
元々は自信がなくてネガティブな性格の自分が、ステージ上では完璧な『祝井翠奈』でいられる訳。
それは――何よりも自分がファンの笑顔に救われているからだ。
翠奈には好きなものがたくさんある。
歌うこと、踊ること、アニメを観ること、漫画を読むこと、ゲームをすること。音楽で言うと、アイドルソングとアニメソングが大好きだ。
翠奈の周りにはたくさんのエンターテイメントがあって、辛い時、悲しい時、勇気が欲しい時、いつも隣に寄り添っていてくれている。
だけどアイドルとしてステージに立っている時は、自分がエンタメを届ける側になるのだ。自分の歌とダンスが、もしかしたら誰かの人生の光になるかも知れない。……いや、かも知れないとかいう問題ではなくて。
(あぁ……嬉しいな)
一つひとつの
自分だってエンターテイメントの一つになれているのだと、皆が教えてくれる。
アイドルは皆を笑顔にするものだけど、それ以上に自分が元気をもらうものだ――と。翠奈は改めて思いながら、客席の光を受け取っていた。
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