3-2 ステージへ
「まぁ、わたし達からするとこんなにも羨ましい魔法があるのかって感じですけど」
心の中で「特にコスプレイヤーさんとか」と付け加えながら、翠奈は苦笑を浮かべる。
思い出してしまったのだ。『何でも屋勇者のサブカルライフ』の中にあった「コスプレイヤー回」を。コスプレイヤーの女の子がエンターラでの衣装作りの事実を知り、「何それえぇぇ」と衝撃を受けていたのを思い出す。
(いや、レイヤーさんじゃなくても羨ましいって思うって。祝井翠奈の衣装スタイリストにだって一人欲しいもんなー……)
翠奈は遠い目になる。
するとコンキリオが何かを察したように首を傾げた。
「もしかして、コスプレイヤー回を思い出してたりする?」
「あー、はは。やっぱり思い出しちゃいますね。個人的にもめちゃくちゃ良いなーって思ってた魔法だったので」
「まぁ、僕はデザイン画を描いただけだけどね。魔法をかけたのはプルマだよ」
まるで翠奈に釣られるように、コンキリオも遠い目になる。
(……なるほどぉ)
翠奈はニヤニヤしそうになるのを必死に抑えた。
イノポコ討伐の時にミラが言っていた「プルマならともかく、コンキリオは足を引っ張るだけだろう?」という言葉が脳裏をよぎってしまったのだ。
やはりコンキリオは剣技も魔術も苦手なのかも知れない。
「祝井さん?」
「いや別に何でもないですよ? 紺藤先生はかわい……じゃなかった、漫画家として才能に溢れてるんだから良いじゃないですか!」
「…………あ、ありがとう」
どう考えても翠奈の「励ましてますよオーラ」が原因だろう。
コンキリオは思い切り愛想笑いを浮かべていた。
「でも僕は本当に絵を描くのが好きなだけだから。姉さんやプルマみたいに才色兼備な訳じゃないんだよね」
「でも……わたし、好きですよ」
「えっ?」
何故かコンキリオが瞳を丸々とさせて驚いている。
ここまで一緒にいても伝わらないものなのかと若干不貞腐れながら、翠奈は明るく言い放つ。
「わたしは『何でも屋勇者のサブカルライフ』の原作ファンだったので。エンターラが実際に存在していたなんてやっぱりビックリですけど、それでも……作品として、漫画として、大好きな気持ちは変わりませんから」
この言葉を原作者本人に、しかもエンターラで伝えているなんて。やはり何度考えても驚きに包まれてしまう。
だけど、だからこそ翠奈は笑うのだ。
「祝井さん……あの、ちょっと。笑顔が眩しすぎるというか」
「あ、少し顔が赤いですね? もしかして照れてくれてますか? 一応わたしもアイドルなので、笑顔は得意なんですよ」
ふふっと微笑みながら、翠奈は両頬に人差し指を当てて笑顔をアピールしてみせる。今晩ステージに立つと思ったら、だんだんとアイドルとしてのスイッチが入ってきたようだ。
「ちょっと翠奈やめてあげなよー。お兄様はこう見えて異性に慣れてないんだから」
「え、そうなんですか?」
「……プルマ」
赤い顔のまま目を伏せてから、コンキリオは鬼の形相でプルマを睨み付ける。
どうやら、コンキリオにとっては剣技や魔術が苦手……以上に触れられたくないことだったらしい。端正な顔立ちをしているのに意外だ、なんて翠奈は密かに思う。
「あの、紺藤先生」
「う、あ……な、何かな祝井さん」
「いや、その……。紺藤先生のその反応はアイドルにとって凄く嬉しいことです。でも! まだ! 早いです!」
翠奈はぐぐっとコンキリオに近付く。
と言ってもミラほどにバグった距離感ではない。せいぜい握手会でファンと接する時くらいの距離だろう。
だからこれは仕方のない行動なのだと、翠奈は心の中で言い訳を零した。
「紺藤先生に漫画があるように、わたしには歌とダンスがあります。……わたしが『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングアーティストとして相応しい人間か、ちゃんと見ていてくださいね!」
コンキリオの両手を力強く握り締め、ブンブンと振る。
自分はアイドルだ。『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングテーマを歌う予定のアイドルだ。
だから、まずは彼に認められなければ何も始まらない。
「はい」
コンキリオを包んでいた朱色の仮面がぽろぽろと崩れ落ちる。
ついさっきまでふわふわとした空気だったはずなのに、彼はこの一瞬で紺藤桐生の顔になってくれた。ルビーレッドとターコイズブルーのオッドアイも、今ばかりは濃褐色のカラコンで隠した姿が同時に浮かんでいて。
胸が熱くなっているのは自分だけではないのだと思うと嬉しくてたまらなかった。
***
あれやこれやと準備をしているうちに時間は流れ、あっという間に開場時間が訪れた。チケットは無事完売――どころか、二階に立見席ができてしまうほどの人気っぷりだったようだ。
どうやらアイドル志望のエンターラ人がたくさんいて、「異世界のプロアイドル」というだけで皆興味津々らしい。
(はー、現実でもこんな簡単にチケットが捌けたらなぁ)
デビュー当初の大変だった頃を思い出すと苦笑が零れそうになる。でも、これはつまり祝井翠奈に期待の眼差しが向けられているということだ。
きっと、心のどこかにはプレッシャーに負けそうになるネガティブな自分のいるのだろう。だけど今は、皆の期待に応えたいという気持ちの方が強かった。
(よし、やるか)
ネガティブな翠奈の心を救ってくれたミラのために。
原作者である紺藤桐生に認めてもらうために。
たくさんのエンタメを愛してくれているエンターラのために。
翠奈は今夜、アイドルになる。
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