3-5 リアルフェアリー族

 翌日。

 エンターラに来てから四日目であり、手の甲の花弁が四つになった朝。

 最早「モッチョー」という鳴き声とともに目覚めるのが当たり前になっていて、今の翠奈には「チュンチュン」よりも「モッチョー」が日常と化してした。

 慣れというのはまったくもって恐ろしいものである。


 バタバタだった昨日とは大違いで、今日は昼頃までまったりとラエトゥス邸で過ごしていた。

 いつも通りのゴシックロリータなワンピース(今日は青色)に着替え、ミラ達と優雅な食事を楽しむ。紺藤桐生としてのコンキリオにインタビューをしたり、逆に翠奈が『何でも屋勇者のサブカルライフ』のどこか好きなのかを語ったり、ゆっくりしながらも充実した時間を過ごすことができたと思う。


 しかし今日の本題はこれからだ。

 自分から「もう一度ミラ様がエンターラ人の悩みを解決しているところが見てみたい」と言っておいて何だが、実は少しだけ緊張している。

 何だかんだ、翠奈はラエトゥス家の三人とルーベル以外のエンターラ人とちゃんとコミュニケーションを取っていないのだ。もちろん昨日はライブという形でたくさんの人と心を通わせることができたし、ライブハウスにはたくさんのスタッフもいた。

 想像以上に日本語が達者なエンターラ人が多くて忘れそうになるが、翠奈にとって相手は異世界人。

 長く芸能界を生きている翠奈でも、意識すると緊張してしまうものだ。


「翠奈ちゃん。それじゃあ始めるぞ」

「は、はい……!」


 場所はミラの自室。

 相変わらずアニメBDや漫画などサブカルに溢れた部屋だ。ミラの部屋だと思うと緊張が増しそうなものなのに、むしろ安心感が高まっていくのは何故だろう。


(まぁ、わたしも似たような部屋だからなぁ)


 ミラのように少女漫画や乙女ゲーに偏っている訳ではないが、翠奈の部屋もオタクグッズに溢れているのだ。

 美人なのに。格好良いのに。蓋を開けてみればサブカル大好きな勇者様だなんて。


(これが二次元キャラの設定じゃなくてリアルだなんて、やっぱり最高だ……)


 思わずニヤリと頬が緩む。


「す、翠奈ちゃん? さっきから情緒が……その、大丈夫か……?」


 さっきまで不安そうな顔をしていたはずだが、とミラはあからさまに動揺する。

 ふむ、と翠奈は顎に手を当てた。


「大丈夫ですよミラ様、これがわたしの通常運転です。急激にネガティブになることもあれば、嬉しいことや楽しいことを補給できれば一気にニヤニヤできちゃうんです」

「今のどこに嬉しい要素があったんだ……? まだ人々の声を聞く前だぞ……?」

「ミラ様と二人きりなのが久しぶりだからですよ」

「確かに昨日は二人きりの瞬間はなかったが、え……っと。翠奈ちゃんはもしや愛が重いタイプの女の子なのか……?」

「…………言わせないでくださいよ」


 くわっと目を見開くミラの姿が新鮮で、翠奈はついついからかうように手の甲を見せびらかしてしまう。

 すると、ミラはわかりやすく眉をしゅんとさせた。


「えっ、あ……冗談ですよミラ様。まだ花びらは四つもありますし、時間はまだまだありますから!」

「……本当に大丈夫なのか?」

「もう、ミラ様は過保護すぎますって。まぁ、そういうところが好きなんですけど」


 へへ、と微笑みながら翠奈は本音を漏らす。

 だけどどうしてか、その声は震えを帯びてしまっていた。


(ミラ様……)


 ミラの瞳が不安定に揺れている。

 大丈夫なのか? と訊ねるべきはむしろ自分の方で。だけどそこへ踏み込む勇気もなくて。


「じゃ、お願いしますね」


 ただ、そう促すことしかできない自分が情けなかった。



 ミラの元に届いた声の主は、ポネリアン魔法学校に通う女の子だった。

 おしゃれな外観を眺めることしかできないと思っていた翠奈にとっては、校舎の中へと入ることができるのは嬉しいことだ。それに学生の女の子なら年齢も近いし、翠奈でも役に立てるかも知れない。

 先ほどの情けない気持ちを振り払うように、翠奈はやる気に満ちていた。


「……へっ?」


 しかし当の本人に顔を合わせるや否や、翠奈は素っ頓狂な声を上げる。

 今は休み時間のようで、彼女は一人図書室で佇んでいた。図書館よりもこぢんまりとしているが、学校の雰囲気と同じクラシカルな印象がある。

 そんな図書室の端っこで、彼女はぼーっと窓の外を眺めていた。


「もしかして、昨日のライブの……」


 黒いワンピースタイプの制服に、緑色のネクタイとローブ。ラピスラズリ色のエアリーボブに、ラズベリー色の大きなたれ目。

 そして――背中から生えた透明な羽。

 小柄な彼女はまるで妖精のような雰囲気をまとっている。……というか、正真正銘の妖精だ。


「……っ!」


 ワンテンポ遅れて翠奈とミラの存在に気付いた様子の彼女は、その大きな瞳を驚きの色に染めた。だけど翠奈は知っている。驚きの中に隠れている確かな輝きを。


「やっぱり! 昨日最前にいたフェアリー族の子だよね。昨日は来てくれてありがとーっ」


 いったい何が「相手は異世界人だと思うと緊張してしまう」なのだろう。

 一瞬で嬉しい気持ちに包まれた翠奈はあっという間にアイドルモードになり、彼女の手を優しく握り締める。すると彼女の頬はみるみるうちに赤くなってしまった。


(可愛い。リアルフェアリー族、可愛い)


 同時に翠奈もデレデレと表情が溶けていく。

 この時間が永遠に続けば良いのに、なんて思ってしまうほどだ。

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