3-6 ロコちゃん

 すると、


「……~~~~…………ミラ……~~スイナ……――」

「~~……スイナ――…………~~~~」

「――っ! スイナ……~~~~……――」


 彼女は翠奈ではなくミラと会話を始めた。


(え……あっ)


 明らかに日本語ではない。

 ということはつまり、二人が話しているのはエンターラ語なのだろう。何とか「ミラ」と「スイナ」と言っているのは聞き取れるが、それ以外はさっぱりだ。


(そっか。そりゃあそうだよね)


 翠奈は心の中で反省をする。

 ポネリアンには日本語を話すことができるエンターラ人があまりにも多い。だから目の前にいる彼女も当たり前のように日本語ペラペラだと思い込んでしまっていたのだ。

 なのにぐいぐいと迫ってしまって申し訳ない気持ちに包まれる。


「翠奈ちゃん、紹介するよ。彼女は……」

「! ミ、ミラ……様。待って、欲しい……です! 自分で、しますっ」

「ん、わかったよ」


 ミラは優しく微笑み、そっと彼女の背中を押す。

 どうやら彼女は日本語がまったく話せない訳ではなく、カタコトで話すことはできるようだ。てっきりミラの通訳が必要だと思ってしまったため、ほっと胸を撫で下ろす。


「あ、う……。スイナ、さん。私、名前……ポエッタ・ロココ、言います。よろしく……おねが、します!」


 一生懸命に言葉を紡ぎながら、彼女――ポエッタは勢い良くお辞儀をする。


(んへぇ)


 何だろう。ポエッタといると心がぽわぽわしてくる。

 思わず「アイドルこっちの世界に興味ある?」と勧誘したくなるレベルだ。可愛くて純粋な女の子なんてあまりにも完璧すぎる。


「ライブ、凄く良かった……です。可愛い、格好良い、全部ありました。感動……です!」


(んはぁ)


 なんてまっすぐな瞳なのだろう。

 こちらの心まで浄化されるようだ。


「いやいやそんな、感動したのはこっちだよ。ポエッタちゃんと目が合った時、色んな気持ちが伝わってきて……。本当に嬉しかったんだから」

「…………ポエッタ、ちゃん……」

「あ、嫌だった? 確かにロココっていうファミリーネームも可愛いもんね。じゃあロコちゃんって呼んでみようかな?」

「あう……そういうことでは、なかったです……けど。ロコちゃん、だいじょぶ、です」

「ありゃ、そうなの? でもまぁよろしくね、ロコちゃん」

「……うぃ。りょかい、です」


 さっきから「あう」とか「うぃ」とか可愛いなこの子。――と、思っているのは内緒の話である。

 普通だったらあざとく感じてしまうかも知れないが、頑張って慣れない日本語を話してくれているのも相まってキュンキュンが止まらない。


「翠奈ちゃん、さっきからどうして遠い目をしているんだ?」

「いや、若い子のパワーって凄いなって思いまして」

「翠奈ちゃんだって若いだろう……?」

「でも……。ロコちゃんって多分、十六歳くらいですよね?」


 驚いたような顔でポエッタが頷く。

 どうしよう、当たってしまった。ポエッタに気持ち悪がられていないか若干不安になる。


「エンターラには高校とか大学の概念はないと思いますけど、高校を卒業した私からするとロコちゃんがめちゃくちゃ眩しく見えるんです」

「…………ほーう」

「あっ」


 ミラが不意に目を細める。

 まるで翠奈の半眼モードを真似したかのような表情に、翠奈は慌てて背筋を伸ばした。


「あの、その……ミラ様だって若い、ですよ?」

「ありがとう。私は若い」

「えっ」


 その返答は想定外だった。というか何だかシュールだ。

 思わず瞬き多めにミラを見つめると、ミラは堪え兼ねたようにプッと吹き出す。


「いやぁ、すまない。十八歳が十六歳に嫉妬する様があまりにも可愛らしくてね」

「し、嫉妬はしてないですけどっ?」

「わかってるよ。でも眩しい光を放っているのは翠奈ちゃんだって同じなんだ。ポエッタちゃんの心の叫びも翠奈ちゃんが関係しているんだぞ?」

「へっ?」


 ドヤ顔でウインクを放つミラに、コクコクと頷くポエッタ。

 どうやら、本当にポエッタの悩みに翠奈が関わっているようだ。なのに初めて触れ合うフェアリー族に興奮して、デレデレしまくった自分が何だか恥ずかしい。


「あ、の……スイナ、さん。私の話…………聞いて欲しい、です」


 上目遣いで問いかけてくるポエッタに、翠奈は反射的に頷く。

 嬉しい気持ちも確かにある。だけど、「ポエッタの悩みに自分が関わっている」とはどういうことなのかという気持ちも確かにあって。

 ふわふわとした状態で、翠奈はポエッタの言葉に耳を傾けた。

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