3-7 わからない
ポエッタ・ロココ。
ポネリアン魔法学校に通う十六歳の女の子。
花から生まれたフェアリー族で、背中に透明な羽が生えている。フェアリー族の身長は平均百三十センチと人間よりも小さめだが、ポエッタは百四十二センチと高めだった。まぁ、それでも翠奈にとっては小さくて可愛らしいサイズなのだが。
フェアリー族は人間よりも魔術に長けていて、魔法学校で暮らしている。
ちなみに『何でも屋勇者のサブカルライフ』の中では描かれていないが、生まれて間もない頃からまるで吸い込まれるように魔法学校の魔法陣に集まってくるらしい。
フェアリー族にとっては教師=親のようなものであり、十八歳になって立派な魔法使いになることで教師への恩返しをしている。
しかし、ポエッタの魔術はなかなか上達しなかった。『立派な魔法使い』にはほど遠く、今は教師の実家の農業を手伝うことを「恩返し」としている。
いつまで経っても魔術が駄目駄目なことから、ポエッタは自分に自信がなかった。だけど本を読むのは大好きで、一つひとつの物語に触れる度にキラキラとした感情を包まれる。小説や漫画を読んでいると、「もしかしたら自分にも駄目駄目じゃない部分があるのかも知れない」なんてことを思い始めるようになった。
自分にできることって何だろう?
そんなポジティブな悩みを、ポエッタは抱き始めたのだ。
「そんな、時……私、スイナさんに……会った、です」
ポエッタのラピスラズリ色の瞳がこちらへ向く。
その姿は希望に満ちているはずなのに、どこか不安定に揺らめいているようにも見えた。
「スイナ……さんの、ステージ。……ビックリ、でした。アイドル……皆を笑顔。素敵なもの、思いました。……私も、スイナさん……みたい、なりたい。……思い、ました」
「っ! それって、アイドルになりたいってこと?」
「うぅ……そう、です」
赤い顔で頷くポエッタに、翠奈のテンションは当然のように上がっていく。
と、思っていたのだが。
「でも……『私なんて』、思います。一歩踏み出す……難しい、です」
困り眉で俯くポエッタに、翠奈の笑顔もまたしぼんでいく。
わたしみたいなネガティブ人間でもアイドルできてるから大丈夫だよ! と簡単に言えたらどれだけ良いだろう。
結局のところ向き不向きというものは存在していて、翠奈はステージ上やバラエティ番組に出ている時の方が逆に落ち着くことができるのだ。翠奈のネガティブが発動するのはだいたい一人でいる時で、そういう時はファンレターを読んだりすると気分転換になることが多い。
誰かの好きを受け取って、自分の好きも加速する。
だからこそ祝井翠奈は祝井翠奈でいられるのだ。
「わたしね、ロコちゃんは可愛い女の子だって思うよ」
ぐぐっとポエッタに近付きながら、翠奈は彼女の華奢な両手を握り締める。
ラピスラズリ色のエアリーボブも、驚いて零れ落ちそうになっているラズベリー色の瞳も、魔法学校の制服も、透明な羽も、一生懸命に言葉を紡ぐ姿も。
ポエッタ・ロココという少女は、純粋に可愛らしい女の子だと思った。
容姿も性格も、全部。たった今出会ったようなものなのにおかしな話だが、翠奈は自信を持って彼女の背中を押すことができるのだ。
(あれ……?)
翠奈は心の中で首を捻る。
ついさっき「向き不向きというものがある」と思っていたはずなのに。
なんで。どうして。――という疑問達が、気付けばさらさらと消えていく。
「あー、はは」
何故か恥ずかしい気持ちが襲ってきて、翠奈は頭を掻いた。
本当は初めからわかっていたのだ。
自分のステージでポエッタの心が動いたという喜びと、こうして翠奈と向き合っている時点でポエッタは前に進んでいるという事実を。
「…………スイナ、さんは……凄い、です」
「え? わたしは別に本心を言っただけだよ。ロコちゃんは可愛いし、アイドルに興味を持ったんだってわたしに打ち明けてくれた。それってもう、ロコちゃんはとっくに動き出してるってことなんだよ」
言って、翠奈は口の端をつり上げる。
きっと自分は今、面白いくらいのドヤ顔をしていることだろう。ちらりと視線を逸らすと、ミラの生温かい微笑みが目に入った。
かぁっと自分の頬が赤くなるのを感じる。
「ありがとう、ございます」
「少しでも不安はなくなった?」
「はい。……前向きに、考えてみたい……思いました」
「そっか」
心が軽い。
自分はエンターラの住民に大きな影響を与えることができた。
そう考えるだけで胸が弾むし、『何でも屋勇者のサブカルライフ』が自分にとってどこまでも特別な存在になっていくのを感じる。
「あの……スイナ、さん」
「ん、何々? 早速ダンスレッスンでもしてみる?」
「うぅ……それもしたい、です……でも今は、違います。…………スイナさん、は……異世界人、ですよね」
「あー、うん。そうだよ。わたしがエンターラで過ごせるのはあとこれくらいなんだ」
手の甲の花弁を見せながら翠奈は苦笑を浮かべる。
こうしてアイドル志望の女の子と出会えても、数日後にはお別れになってしまう。最終的にポエッタがどんな道に進むかは、『何でも屋勇者のサブカルライフ』の中で描かれない限りわからないままなのだ。
そう思うと、少しだけ寂しい気持ちに包まれてしまう。
「やっぱり、そっち…………なんです、ね」
――そっち?
ポエッタの言っている意味がわからなくて、翠奈は小首を傾げる。
「私、本が好き……です。クリエス
ざわざわと、静かに心が騒ぎ出す。
翠奈の中にあった「意味がわからない」が徐々に色濃くなっていく。
――クリエス人……って、何。
わからない。
ポエッタが何でもないように放った「クリエス人」も、「そっち」の意味も。
翠奈はただ、申し訳ないと思った。せっかくポエッタが一生懸命に想いを吐露してくれているのに、ちゃんとポエッタと目を合わせることができない。
それどころか、視線は自然とミラへと向かっていて……。
「っ!」
ミラは思った以上にわかりやすく狼狽えていた。顔に「しまった」という文字が浮かび上がっているかのように、唇をわなわなと震わせている。
「ミラ様……?」
訊ねる声が震える。
だって、明らかに存在しているのだ。『何でも屋勇者のサブカルライフ』の中にも描かれていなくて、ミラ達から伝えられてもいない事実が。
自分はまだ、エンターラについて知らないことがあるのだろう。それも、かなり大きな。
「…………すまない。ずっとタイミングを測っていたんだが」
呟き、ミラは諦めたように息を吐く。
こちらを見つめる瞳はいつになく弱々しいものだった。
「翠奈ちゃん。君に本当のことを伝えるよ」
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