第四章 わたしの選ぶ道
4-1 クリエスティック
怖い気持ちがないかと問われたら、翠奈は首を横に振るのだろう。
だって翠奈はずっと、ミラを信頼してここまできたのだ。
何でも屋勇者のミラ・ラエトゥスは想像上の人物ではなくて、エンターラも実際に存在する世界で、ミラの弟であるコンキリオ・ラエトゥスが『何でも屋勇者のサブカルライフ』の原作者で……。
そんな夢みたいな現実を信じてきたのに。まさか今になって、明かされていなかった「本当のこと」が発覚するなんて思いもしなかった。
きっと、翠奈は久々に半眼モードになっていることだろう。
嘘。
裏切り。
恐怖。
様々な負のワードが頭の中を駆け巡って、このまま逃げ出したくなりそうだ。
だけど、
「翠奈ちゃん……っ」
ミラがそれを壊してくる。
彼女は決していつものような頼もしい表情をしてなくて、むしろ翠奈の名前を呼ぶ声が裏返ってしまっていた。
いや――というよりも、それどころの問題ではないのだ。
「ミ、ミラ様っ? いやちょっとそれはっ」
ミラが土下座をしている。
つまりは「土下座をしている勇者の図」が目の前に広がっているのだ。まだ図書室にはポエッタ以外の生徒も残っているのに。当たり前のように生徒達がこちらを見てざわざわし始めてしまい、シリアスな空気が薄れていくのを感じる。
「本当にすまない……。本来だったら、ルーベルのレストランで食事をしていた時に打ち明けようと思っていたのだが」
「…………何を、ですか?」
「君には『選択肢』がある、という話だ」
――選択肢。
とは、いったいどういうことなのか。
翠奈が頭を巡らせる前に、ミラが口を開いた。
「現実に戻るか、それとも……エンターラに残るか、という選択肢だよ」
え? という声すら出なかった。
現実に戻る、の部分はもちろんわかるのだ。ミラに連れられてエンターラにやってきた異世界人は、七日後に現実に戻る。エンターラで過ごした記憶はなくなるが、問題解決のための記憶は夢として残るという形になる――というのが、『何でも屋勇者のサブカルライフ』での知識だ。
実際に「翠奈がエンターラで過ごすことができる残り日数」が花の紋章に示されているのだと、ミラに教えられた記憶だってちゃんとある。
「さっきポエッタちゃんが言っていた『クリエス人』というのが、エンターラで生きることを決めた異世界人のことを指しているんだよ」
「クリエス人……」
「正式には『クリエスティック』というんだけどね。皆は略してクリエス人と呼んでいるんだよ。……長くなるけど、ちゃんと説明させてもらって良いかな?」
クリエス人。クリエスティック。
聞き慣れない単語と「エンターラに残る道もある」という衝撃の事実で上手く頭がついていかない。
すると、隣にいたポエッタが不意に両手を包み込んでくれた。
「だいじょぶ、です!」
優しい瞳に、温かな声色。
ポエッタだって悩みを抱えているはずなのに、今だけは眩しいくらいの光に溢れていて。 彼女がアイドルへの道に足を踏み出したように、自分も真実と向き合ってみたい。
だから翠奈はポエッタからミラに視線を移し、力強く頷いていた。
ミラには弟と妹がいて、弟のコンキリオが『何でも屋勇者のサブカルライフ』の原作者だ。――というだけが、漫画と違う部分ではなかった。
ミラに連れられてエンターラにやってきた異世界人には選択肢がある。
一つは原作通り、現実に戻ること。そしてもう一つは、クリエスティックとしてエンターラで生きることだ。
クリエスティック。通称、クリエス人。
現実からエンターラにやってきて、エンターラを現実にすることを選んだ人のこと。五年ほど前から少しずつ数を増やしている種族なのだという。
今までの人生は架空の物語の出来事として記憶され、物語から飛び出してきた存在として生きる。家族のいない者がこちらの道を選ぶことが多いが、稀に家族をも巻き込んでクリエスティックの道を選ぶこともあるらしい。
「架空の物語……?」
「ああ。クリエス人は小説や漫画の世界から飛び出してきた存在として生きているんだ」
「ええっと……つまり、エンターラで生きることを決めた異世界人の今まで人生が漫画や小説になるってことですか?」
「魔法みたいに作られる訳じゃないんだけどね。こっちで生きる決断をしたら制作をするっ感じだよ」
「はへぇ」
怒涛の『初見の設定』の連続に、翠奈はついつい変な擬音を漏らす。
まだ混乱はしていた。それでわたしはどっちを選ぶんだ? という疑問符が心のどこかに浮かんでいる。
だけと純粋な驚きも自分の中にはあるのだ。
もしもエンターラで生きる道を選んだ場合、気になるのは今までの祝井翠奈の記憶はどこへ行くのだろう? という疑問だった。
でも、これまでの人生は小説や漫画の中に書き記され、本の世界からやってきたクリエスティックとして暮らすことになる。
エンターラ人でも異世界人でもない、クリエス人として新しい人生が始まるのだ。
「わたし、もしかして普通にクリエス人と接していたりしてたんですか?」
「それはもちろん。少なくとも、ライブハウスのスタッフは全員クリエス人だったよ」
「あー……なるほど。だからあんなにも違和感がなかったんだ」
ぼそり、と翠奈は呟く。
ミニライブの時のスタッフは皆、妙にこなれている感じがあった。日本語がペラペラだったのも元は日本人だったと考えると納得だ。
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