4-6 いつだって唐突

「翠奈ちゃん。私達もずっと考えていたんだ」


 何をですか、と――訊けたかどうかすら、翠奈にはわからない。

 鼓動の音が大きすぎて。募る期待も大きすぎて。

 翠奈には、ミラの姿を見ることしかできなくて。



「そろそろ、アニメを解禁しようかと思ってね」



 ただ、ぶわりと感情が高ぶる。

 漫画に小説、音楽、カメラ……。翠奈の知る限り、エンターラで解禁されているサブカルチャーの数はまだそんなに多くない。つまり、未だに解禁されていないサブカルの代表格がアニメということだ。


 エンターラ人にとってのアニメは、漫画や小説で「そういうものがある」という知識がある程度のもの。『何でも屋勇者のサブカルライフ』の読者である翠奈も、ずっとアニメの解禁はまだかとうずうずしているところだった。


「翠奈ちゃん? おーい。固まっているが大丈夫か?」

「……じゃないですよ」

「ん?」

「大丈夫じゃないです! ドキドキしすぎてやばいですよ。何でミラ様はいっつもサブカル解禁が唐突なんですかっ」


 謎に逆ギレしながら、翠奈はぷんすかとミラに迫る。


「仕方がないだろう。急に思い立ってしまったんだから」

「……ミラ様……」

「おかしいな。久々に翠奈ちゃんの目が半開きになっている気がするのだが」

「ただ呆れてるだけのでだいじょ…………はっ!」


 大丈夫、と言いかけてから、翠奈は目をくわっと見開く。

 この場にはポエッタもいるのだった。ミラやコンキリオ、プルマならともかく、自分のことを憧れの目で見てくれているポエッタの前で半眼モードになるのはまずい。


「気のせいですよ」

「翠奈ちゃん、圧が」

「気のせいですよ」

「……あぁうんそうだな。翠奈ちゃんはいつだって可愛い」

「ですよねっ」


 語尾に星を飛ばすようなイメージで、翠奈は明るく言い放つ。アイドルスマイルも完璧なはずだ。


「スイナ、さん…………なんか怖い、です」


 と思ったら、少々やりすぎてしまったようだ。

 あははーと誤魔化してから、翠奈は話を戻そうと咳払いをする。


「それでその、ミラ様」

「ああ、そうだな。……んんっ」


 翠奈に釣られるようにわざとらしい咳払いをしてから、ミラは翠奈を見つめてくる。すると何故だろう。ミラが何かを言う前から、瞬き多めに見つめ返してしまった。


「翠奈ちゃん。アニメを解禁するにあたって、君に協力して欲しいことがあるんだよ」

「……協力、ですか」

「あぁそうだ。まず一つ、翠奈ちゃんにはアニメを選ぶのを手伝って欲しい。アニメはライブハウスで上映しようと考えているのだが、エンターラ人が初めに触れる作品は何が良いのか。コンキリオとプルマとも話したのだがまとまらなくてな。翠奈ちゃんの力も借りたいんだ」

「な、なるほど」


 頷きながら、翠奈はコンキリオとプルマに視線を移す。

 コンキリオはわかりやすく苦笑を浮かべていて、プルマは逆に首を横にブンブンと振っていた。察するに、「候補はたくさんあるから!」とでも言いたいのだろうか。

 プルマはラエトゥス家の中でも一番アニメ沼にハマっていそうだし、オタクならではの悩みを抱えているのだろう。


「確かに難しい問題ですよね」


 翠奈もまた、独り言のように言葉を零す。

 おすすめしたいアニメなんて今思い浮かべるだけでも山ほどあって、ついつい眉間にしわが寄ってしまった。再び「ロコちゃんの前でこんな表情はっ」と思いそうになるが、それどころではないと翠奈の中のオタク心が叫ぶ。


 悩みどころはアニメの内容だけではないのだ。

 例えば一クールのアニメを一挙に上映するとしたら五時間くらいかかってしまう。初めてアニメに触れるエンターラ人には長すぎる時間だろうし、ここは劇場版のアニメを流すべきだろうか。


「……わかりました。わたしが現実に戻るまでに、わたしが思うおすすめアニメを選んでおきますね」

「ん?」

「…………えっ?」


 まるで「何を言っているんだ翠奈ちゃんは」とでも言いたいようなミラの視線に、翠奈は間を置いてから大袈裟に驚いた。

 まさか、という言葉だけが脳裏によぎる。このざわざわ感はいったい何なのだろう。良い予感なのか悪い予感なのか、それすらも曖昧だった。


「アニメを解禁するのは明後日だぞ? 翠奈ちゃんが現実に戻るギリギリのタイミングだ」

「やっぱり唐突じゃないですかぁっ!」


 思わず声を荒げながら、翠奈は思い切り突っ込みを入れる。

 サブカル解禁が唐突なのは原作通りだ。それはわかっている。わかっているのだが、実際に直面してしまうと「そんなに焦らなくても」と思ってしまうのもまた事実だった。


「紺藤先生からも何か言ってくださいよ! アニメの解禁なんて大事なことじゃないですか」

「うーん、そうなんだけどね。……これにはちょっと、事情があって」

「事情?」


 てっきりコンキリオも賛同してくれると思っていた――のだが、どうやら違ったらしい。予想外に発せられた「事情」に、翠奈は首を捻る。


「プルマちゃん。事情っていうのは……」

「え、そこであたしに聞く? まー、何て言うのかなー。翠奈がいるからできることもあるって話だよねー」

「わたしがいるから……?」


 今度は逆側に首を傾げる。

 祝井翠奈がいるからできること、とはいったいどういうことなのか。わかりそうでやっぱりわからなくて、頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。

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