4-5 確かな期待

「あ、の……」


 すると、ポエッタが恐る恐るといった様子で手を上げた。

 そうだ。こうしてラエトゥス邸の客間に集まっているのは、何も翠奈のためだけではない。翠奈と同じように、ポエッタも大きな決意を固めてここにいるのだ。



「次はロコちゃんの番だね」

「はい」


 すぐさま頷く彼女の視線は、まっすぐ翠奈の心を貫く。

 なんて力強い瞳なのだろうと思った。

 ラズベリー色の瞳も、ラピスラズリ色のエアリーボブも、純白のワンピースも、透き通った肌も、透明な羽も。

 あまりにも綺麗で、可愛くて。


(何かもう、すでにアイドルの顔だな)


 ほんのりと嫉妬心を含めながらそんなことを思ってしまう。

 だけど翠奈はわかっていた。綺麗も可愛いも嫉妬心も、結局のところ現実逃避でしかないのだと。



「私…………転生、します……っ!」



 心に強い風が吹く。

 何となく、そっちの道を選ぶような予感はしていた。

 昨日感じたポエッタの決意は、ただ単にエンターラでアイドルになるだけではないような気がしていて。ポエッタはじっと、遠い場所にある何かを見つめているように見えて。


 だからわかっていた――はずなのに。

 いざ『転生』と口にされてしまうと、思考が停止してしまう。


「ロ、ロコちゃん……。それって、今いるロコちゃんが消えてなくなっちゃうってこと……なんだよね」

「はい……そう、です」

「そうです、って」


 思わず動揺たっぷりに視線を沈ませてしまう。

 だって、翠奈のステージを通じて「アイドル」という道を見つけたのは他の誰でもない、ポエッタ・ロココだ。転生という道を選んでしまっては、そんな想いまでもが消えてなくなってしまう。

 普通にエンターラでアイドルになった方が良いのではないか、と思ってしまうのだ。


「翠奈ちゃん。実は、ポエッタちゃんから受け取った悩みは最初からそこにあったんだよ」

「そこ……?」

「エンターラでアイドルをするか、それとも、憧れの世界でアイドルをするか。……もしこの声がミラ様に届いたら一歩を踏み出せるかも知れない、なんて声まで聞こえてきたんだよね」

「ミ、ミラ……様っ!」

「あぁ、悪い。そこまで言っちゃ駄目だったか?」


 顔を真っ赤にさせながらミラに迫るポエッタ。一方でミラは何でもないことのようにケラケラと笑っていて、ポエッタはぽかぽかとミラの背中を叩いた。


「あう、ぅ」


 困ったように眉根を寄せるポエッタの姿を、翠奈はぽかんと見つめてしまう。

 ただただ、凄いなと思った。

 今は困り眉になっているはずなのに、あまりにも強くて、眩しくて。

 いつの間にかポエッタは、翠奈を導く光になっていた。


「あの、スイナ……さん。聞いて欲しい、です」

「……うん」

「自分の気持ち……伝える、難しい……です。時間、かかります」

「うん。ゆっくりで大丈夫だからね」

「うぃ……ありがと、です」


 照れたように微笑んでから、ポエッタは小さく息を吸う。

 それから、ぶれない瞳を翠奈に向けた。



 フェアリー族でもなくて、魔法がある世界でもない。

 普通の女の子よりも少しだけキラキラと輝きながら、皆を笑顔にしてみたい。――それが、ポエッタがずっと夢見ていた、物語の中にある憧れの女の子像だった。


「私、本……大好きです。魔法……上手くできない、時……たくさんの物語、救ってくれました。本の世界、私の憧れ……です」


 言いながら、ポエッタはぎゅっと両手を握り締める。

 ポエッタの言う本の世界というのは、所謂フィクションだけではなく、クリエス人のために綴られた物語も入っているのだろうか。


(わたしにとっては、エンターラの方がキラキラしてると思うけどな)


 思ってしまってから、翠奈ははっとする。

 祝井翠奈としてライブをしたり、ファンと触れ合ったり。そういう時間は特別なもので、思い返して眩しく感じるものだ。

 そういう眩しさを、ポエッタは本を通じて受け取ってくれたということなのだろうか?

 だとしたら嬉しいな、と翠奈は思った。


(でも……本当に。凄いな、ロコちゃんは)


 本の世界に憧れていて、そんな世界に飛び込むチャンスが目の前に現れて、大きな一歩を踏み出す。難しいと言いながら、たくさん悩みながら、それでも彼女は最終的に『転生』という道を選んだ。


 ポエッタの中にあるあまりにも大きな意思に、翠奈の心は震える。

 この夢のような時間もあと少し。自分はエンターラからたくさんの勇気をもらった。歌詞のインスピレーションも湧き出て止まらないし、今すぐにでも作詞に取りかかりたいくらいだ。

 だからこそ、翠奈は思う。


「あの、ミラ様。わたし……残りの時間をエンターラのために使いたいって思うんです!」


 ……と。

 ミラ達を見て、前のめりになって、ただただ想いを伝える。

 きっと、恩返しなんていうものは『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングテーマで返せば良いのだろう。


 残りの時間をエンターラのために使いたい――というのもすでに祝井翠奈のミニライブで果たしているはずだ。こうしてポエッタの心が動いて、一人の少女が大きな決断をした。


 これ以上、翠奈に何ができるのかはわからない。

 だけどうずうずと落ち着かなくなってしまって、気持ちだけが前へ前へと進んでしまう。

 すると、


「ほう?」


 何故か、ミラはニヤリと笑った。

 コンキリオとプルマと顔を見合わせ、うんうんと意味深に頷き合っている。完全に翠奈とポエッタが置いてけぼり状態だ。


 てっきり「いや、これ以上翠奈ちゃんにしてもらうことはないよ」みたいなことを言われるとばかり思っていたため、翠奈の胸は静かに騒ぎ始める。

 だって、これは確かな期待だ。

 何かが起こる予感がして、翠奈の鼓動はドキドキと高鳴っていく。

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