4-7 胸に灯る炎

「翠奈ちゃん。協力して欲しいのは、アニメを選んでもらうことだけではないんだ」

「って言うと?」

「ん、まだわからないのか? そうだな……アニメと一緒に、アニソンの魅力も伝えたいんだ。って言えば通じるかな」


 言って、ミラは得意げにウインクを放ってみせる。


「っ!」


 アニメと一緒に、アニソンの魅力も伝えること。

 ミラの口から放たれた言葉の意味は、正直に言うと「そういうことか!」とはっきり理解できた訳ではない。


 だけど直感的に思った。

 これは、『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングテーマを歌うと決心した自分だからできることなのだと。


「またライブハウスで歌うってこと……ですか?」


 恐る恐る訊ねると、ミラは自信満々に頷いてみせた。


「そうだね。翠奈ちゃんには上映するアニメ作品の主題歌をカバーしてもらいたいって思ってるんだけど、どうかな?」

「…………」


 一瞬だけ、言葉に詰まってしまった。

 アニメとともにアニソンの魅力も伝えたいのならば、翠奈がカバーするより本家のアーティストの歌声を聴かせるべきだろう。

 だから、本来であれば「本家のアーティストさんをエンターラに呼ぶことはできないんですか?」とダメ元で訊ねる場面だ。無謀な提案とわかっていても、アニソンの魅力を伝えるためならば言うべきなのだろう。


 だけど――翠奈は嫌だと笑った。

 大好きなアニソンをエンターラの皆に届けられるのは自分だけなのだと。今はもう、胸を張って言うことができる自分がいるから。


「やります。やらせてください!」


 ミラをじっと見つめてから、翠奈は深く頭を下げる。

 顔を上げれば満面の笑みを浮かべるミラの姿があるのだろう。――と、思っていたのだが。


「……ミラ様?」


 微かに声が震える。

 ミラは微笑みを浮かべていた。いつもの優しい表情だ。でも、銀縁眼鏡の奥の瞳が潤んでしまっている。瞬きをしたらすべての感情か溢れ出てしまいそうだった。


「あぁ、すまないね。……嬉しいなと、思ったんだ」


 やがて涙が頬を伝う。

 ミラは気にする素振りを見せないまま、まっすぐ翠奈を見つめ続けた。


「『何でも屋勇者のサブカルライフ』がアニメ化することは、元々コンキリオから聞いていたんだ。そんな中、翠奈ちゃんの声を聴いて……こうして出会うことができた。翠奈ちゃんのネガティブな心を救うことができたら、きっとアニソンも素晴らしいものになる。そう信じて君と過ごしてきたんだ」

「…………ネガティブ、なくなりましたかね」


 そっと翠奈は問いかける。

 正直、たった数日で変わるはずがないと思っていた。不意にネガティブ思考になったり、弱い心が顔を出したり。根っこの部分はどう足掻いたって祝井翠奈だ。

 だけど。


「翠奈ちゃんはとっくに前向きになっているよ。『何でも屋勇者のサブカルライフ』に関することなんて、むしろ熱いくらいなんじゃないか?」


 目に涙を浮かべたまま、ミラは得意げに口元をつり上げる。


「……ぁあ」


 ただ、嬉しかった。

 上手く呼吸ができなくて、零れ落ちる雫とともに顔を俯かせる。

 あの頃の『無理』はいつしか消え失せていて、少しずつ前に進んでいて、いつの間にか胸に炎が灯っていて。

 そんな自分に気付かせてくれたのはエンターラという世界と、ミラ・ラエトゥスという大好きな人だった。


「ミラ様。わたし、絶対に良いアニソンを作りますから」

「ほう? それで、歌詞はもう完成したのか?」

「う……。こ、言葉にしたい想いは山ほどあるので! 初めての作詞なので、クリエイターさんやプロデューサーさんに迷惑をかけるかも知れないですけど。でも、たくさん試行錯誤して納得する歌詞にしたいって思ってますから!」


 今、自分は物凄く当たり前のことを口にしている。そんな自覚があるからこそ、ミラやコンキリオの表情が酷く微笑ましいものに見えた。

 でも、無理だよ無理無理とただ首を横に振っていた頃の自分はもういない。だから翠奈は胸を張るのだ。



「とりあえず一度部屋に戻って作詞を……。って、上映するアニメも決めなきゃだし、だいたいアニソンカバーするならレッスンもしなきゃだし……えっ、急に忙しいじゃん」


 サァァ、と顔が青くなっていくのを感じる。

 頭をよぎるのは「デジャヴ」の文字だった。しかし、祝井翠奈のステージをやろうと決めた時は翌日に決行だったため、まだ二日の余裕がある今回はまだマシなのかも知れない。


「翠奈。あたしも手伝うけど?」

「っ! ありがとうプルマちゃん。正直めちゃくちゃ助かる」

「いやー、まぁあたしもラエトゥス家の中では暇っていうか。翠奈の選択のおかげで暇になったっていうか」

「……?」


 何でもないことのように放たれたプルマの言葉が引っかかり、翠奈は首を捻る。

 いったい彼女は何を言っているのだろう。

 確かにプルマはラエトゥス家の中では暇そうにしている印象はあった。ミラは何でも屋勇者だし、コンキリオは漫画家だし、プルマはいったい何をしている人なのだろうと思っていたのだ。


「プルマちゃんってオタ活を満喫してる女子大生みたいな印象だったんだけど、それだけじゃなかった……ってこと?」

「いやまぁその印象はすっごく的を得てるんだけどね? あたしもただ遊び呆けてる訳じゃないってことだよ」


 言って、プルマは「ちっちっちっ」と人差し指を立てる。

 随分と自信満々だが、翠奈にはまったく想像ができなかった。強いて言うならば、ひっそりとアイドル的な活動をしている、とかだろうか。二十歳でも違和感なくセーラー服のコスプレを着こなしていて、右目を前髪で隠した姿はクールな印象があって、だけど猫目は愛嬌があって可愛くて。


(もしかして、プルマちゃんって同業者だったりする……?)


 なんて本気で思ってしまった。

 しかし、


「あたしはクリエス人のための小説を書いてるの」


 プルマの口から放たれた言葉は、翠奈の想像とはあまりにかけ離れたものだった。

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