4-8 動き出すわたし達

「…………?」

「あっれぇおかしいなぁ。さっきよりも大きく首を傾げてる気がするんだけど。あたしが小説書くのってそんなに違和感?」

「ご、ごめんプルマちゃん! 冗談だから、わたしみたいな半眼モードにならないでっ」


 パチンと音を鳴らすほどの勢いで、翠奈は両手を合わせて頭を下げる。

 言っている意味がまったくわからない訳ではないのだ。


 クリエス人。現実からエンターラにやってきて、エンターラを現実にすることを選んだ人。彼らの現実での人生を小説や漫画にして、物語から飛び出してきた存在として生きている。

 つまりは、クリエス人の元となった物語を綴るのが彼女の役目ということだろう。


「あたしもたくさんの物語に触れてきてるんだもん。小説を書いてるって言っても不思議じゃないでしょ?」

「そう、かなぁ」


 素直に凄い、と翠奈は思う。

 確かにギャルなイメージの強いプルマが小説を書くなんて驚きの事実だ。だけどプルマは、さも当然のように「不思議じゃないでしょ」と言い切っている。

 きっと、漫画やアニメなどの物語を心の底から愛してくれているのだろう。


「でもまー、あたしには絵の才能がないから。漫画にしたいってなった時はお兄様に協力してもらってるの」


 言いながら、プルマは「ねっ」とコンキリオにアイコンタクトを向ける。


「まぁ、プルマ一人に任せるのはしんぱ……大変だからね。僕も向こうの世界の時間が止まってる間は暇だから、そういう時に手伝ってるんだよ」

「あのさ、お兄様。全然誤魔化せてないからね? 普通に心配って言ったようなものだからね?」


 むー、と唸りながらコンキリオに迫るプルマ。

 その姿はあざとさすらも感じるが、クールな容姿も相まって破壊力が半端じゃない。ポエッタとはまた違った種類の可愛さがあって、翠奈は思わず兄妹の姿を微笑ましく眺めてしまった。


「仕方ないでしょ。僕は基本的に日本で暮らしてるんだから。家族にはたまにしか会えないんだから、そりゃあ心配にもなるよ」

「…………」

「あー、本気で拗ねちゃったかな。ごめんね祝井さん、こんな時に……」


 眉根を寄せるコンキリオに、翠奈はすぐさま笑顔を向ける。

 だけど心の底からの笑みを向けられたかどうかはわからなかった。だって、プルマの瞳が不安定に揺れている。隠れている右目はわからないが、少なくともターコイズブルーの左目にはいつもの元気がないように見えた。


「あたし、本当は」


 やがて、プルマはゆっくりと顔を上げる。

 向けられた視線は、翠奈ではなくまっすぐコンキリオに伸びていた。


「お兄様が羨ましい。あたしだって日本で暮らしたいって思っちゃう」

「……うん」

「…………だけど。だけど、ね。二つのエンターテイメントを繋げるっていうあたしの使命だって、誇りに思える自分もいるんだよ」

「わかってる。プルマの想いはちゃんと届いてるから」


 囁きながら、コンキリオはプルマの頭に手を伸ばす。

 そのまま優しく撫でる――かと思いきや、プルマは虫でも払うかのようにコンキリオの手を追いやった。


「シスコン。やめてよ恥ずかしい。皆見てるじゃん」

「えぇ……」

「うーわ、何か残念そうな顔してるし。意味わかんない」


 ――プルマちゃん、もうやめてあげて!


 と、翠奈は心の中で叫ぶ。

 すっかり不機嫌モードになった様子のプルマは腕組みをしてジト目になっていた。可愛いと可哀想が混雑して、翠奈も微妙な表情になってしまう。


「ねぇ、プルマちゃん」


 とりあえず場の空気を変えなければ。

 そう思った翠奈は何も考えないままに口を開く。



「良かったら、プルマちゃんも一緒にステージに立たない?」



 ……え?

 と、自分自身に対して思ってしまった。

 確かに見切り発車だったし、未だに頭の中は「わたし、何を言っているの?」でいっぱいだ。

 なのに何故か、翠奈の口は止まらなくて。


「あ、の……」


 恐る恐るといった様子でこちらを見つめるポエッタと目が合うや否や、すぐさまはっと閃いてしまう。


「そう、ロコちゃん! ロコちゃんも一緒にどうかな? アイドルの第一歩として」

「アイドルの第一歩……」


 一瞬だけ、ポエッタは唖然とした表情をする。

 しかし、予想外にも彼女の瞳はすぐに輝き出した。


「私、魔法学校の先生……お世話、なりました。感謝、歌で伝えてみたい……です!」


 なんて眩しい光なのだろう。

 まるで最初から翠奈の誘いを待っていたかのような純真無垢な瞳。だけどきっと、翠奈だって負けていないと思うのだ。

 エンターラにアニメが解禁されるだけで高揚感に包まれるのに、その瞬間を見届けることができて、更には自分達で新しいエンタメを届けることができる。


 単純に嬉しくて、同時にエンターラへの恩返しでもあって。

 翠奈はただ、好奇心の塊をプルマに向けてしまう。


「良いの?」


 やがてプルマの口から零れ落ちたのは、少しだけ震えを帯びた声だった。


「あたし、日本じゃ目立てないし、エンターラでも使命を全うすることしかできてない。……本当に、そんなに楽しそうなこと……あたしが混ざっても良いの?」


 これは決して遊びじゃない。

 エンターラにとって、アニメにとって、アニソンにとって、大切なことだ。

 だからこそ、二人に寄り添って欲しいと翠奈は思うのだ。


「やってみようよ。エンタメを好きでいてくれている二人となら、アニメの魅力もアニソンの魅力も届けられるって思うから」


 言いながら、翠奈はそっと手を差し伸べる。

 ポエッタは迷わず手を取り、プルマもアイコンタクトを交わしてから両手で握り締めた。



「どうやら決まったみたいだね」


 しばらく三人で見つめ合っていると、沈黙を破るようにミラが声をかけてきた。


「はい。……すみません。本当はわたし一人で歌う予定だったのに」

「そんなこと言って、顔は全然申し訳なさそうじゃなく見えるが?」

「う、あ……すみません。本当は……楽しいって思ってます」

「ん、よろしい」


 囁きながら、ミラは翠奈の髪を優しく撫でる。


「楽しいと思えることを見つけて、わくわくが止まらないんだろう? その感覚はな、私が一番よく知っているんだ。だから胸を張って楽しめば良い。そこにたくさんの愛があることを、私はちゃんとわかっているから」


 本当に、この人には敵わないなと思った。

 翠奈のよく知る『何でも屋勇者のサブカルライフ』のミラ・ラエトゥスと、目の前にいるミラ・ラエトゥス。ずっと想像上の人物だと思っていた彼女の印象は今でも変わらなくて、いつまでも大好きな勇者様だ。


 もう少ししたら、ミラはまた漫画の中の主人公に戻ってしまう。

 こうして向き合うことはなく、エンターテイメントとしての彼女を見つめることになる。

 それもまた幸せな道なんだって、今は笑うことができるから。


「ミラ様。アニメとアニソンの解禁、絶対に成功させますから」


 はっきりと、自分の中の覚悟を口にする。

 でも、違うのだ。翠奈の中に芽生えてしまった『楽しいと思えること』は、アニメを解禁して、ポエッタとプルマと三人でアニソンを伝えることだけではない。

 もう一つ、大きなわくわくが胸に灯ってしまった。


「それから、紺藤先生。一つ提案があって……」


 コンキリオに視線を移しながら、翠奈は微笑みかける。

 気付いてしまったのだ。

 大好きな『何でも屋勇者のサブカルライフ』がアニメ化されて、翠奈がオープニングテーマを歌う。

 その事実をエンターラの皆に伝えることはできても、このまま翠奈が現実に戻ってしまったら生歌を聴かせられる機会はなくなってしまうのだと。


 だったら。



「わたし、『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングテーマをエンターラの皆の前で歌ってみたいです!」



 大きな一歩を踏み出すように、翠奈は芽生えたばかりのわくわくを吐露していた。

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