第五章  わたしのエンターテイメント

5-1 オタク達のディスカッション

 六日目の朝がやってきた。

 いつものようにモチモチドリの鳴き声で目が覚めると、ふわぁと伸びをしてから窓の外を眺める。


「おぉ」


 時刻は午前八時。

 普段より一時間も遅い起床だが、朝はまだ始まったばかりだ。

 なのに、外が騒がしいような気がした。単純に人の数が多く、複数人で談笑している姿が目立つ。もしかしたら、「ついにアニメが解禁される」という噂が広まっているのかも知れない。すでにお祭り前日のムードが漂っていて、翠奈は感嘆の声を漏らす。


「って、ぼーっとしてる場合じゃないか」


 はっとして両頬を叩く。

 アニメが解禁されて、ポエッタとプルマとともにアニソンをカバーして、翠奈が『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングテーマを披露する。そんな特別なお祭りが開催されるのは明日であり、今日は大忙しの準備日だ。

 と言っても、準備自体は昨日の午後から始まっているのだが。


「うーん……。やっぱり改めて読んでみてもただの手紙って感じだなぁ」


 紙をペラペラさせながら、翠奈は眉間にしわを寄せる。

 翠奈が散々悩んでいた『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングテーマの作詞。ようやく、遅ればせながら、満を持して――一つの形にすることができたのだ。


(まぁ、日付が変わるまで手こずっちゃったんだけど)


 小さく苦笑を漏らしながら作詞の紙を見つめる。

 苦い表情をしてしまうのは、やはりどうしても自信が持てないからだろう。翠奈は特別語彙力がある訳ではないし、学生の頃の苦手教科は英語だった。だからどうしたってストレートな想いを綴った文章になってしまうし、まるでミラへの手紙のような歌詞になってしまう。


 だけど――これが良いとはっきりと言える自分もいるのだ。

 プロの作詞家に頼んだ方がスタイリッシュだし、口馴染みが良いし、心躍るような歌詞になるのかも知れない。

 でも、『何でも屋勇者のサブカルライフ』のファンである翠奈はこの歌詞が良いと思うことができた。

 昔の自分だったら、祝井翠奈が『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングテーマを歌うなんて不安になる……なんて、本気で思っていたのに。

 今はむしろ、真逆の気持ちが芽生えていて。


「ホント……ありがとうじゃ、足りないんだよなぁ」


 お人好しな勇者の姿を思い浮かべながら、翠奈はうっすらと微笑んでいた。



 そしてもう一つ、昨日の時点で動き出したものがある。

 それは明日上映するアニメ作品だ。テレビアニメなのか劇場版なのか。エンターラ人に受けの良いジャンルは何なのか。様々な問題がある中で、翠奈達が主題歌を披露するのに向いている作品である必要もある。

 しかし上映する作品が決まらなければ何も始まらない訳で、昨日は翠奈+ラエトゥス家で熱いディスカッションを繰り広げていた。


「ジャンルとしては現代ものが良いと思うんだ。向こうで言う異世界ファンタジーはこっちにとっての日常に近いものがあるからね。実際、漫画や小説でエンターラ人に人気なのはラブコメ、スポーツ、歴史もの……。日常系なんかも万人受けをしているイメージだよ」


 と語るのはミラだ。

 翠奈にとってエンターラがファンタジー世界であるように、きっとエンターラ人にとっては翠奈達の日常がファンタジーに見えるのだろう。

 ミラの意見はごもっともだが、一言に「現代もの」といっても様々なジャンルがあるのもまた現実だ。


「やっぱり感動できる要素があると良いよねー。だって初めて触れるアニメなんだもん。何かこう……心にぐっとくるような作品が良いんじゃない?」


 と言いながら、「あれとかこれとかー」と具体的な作品名を挙げているのはプルマだ。

 しかし、さっきから彼女が挙げているアニメはほとんど一クールのテレビアニメだった。中には二クールだったり、二期・三期と続いていく人気作だったり。一挙上映するとなると難しいものばかりである。


「その場合、何話まで上映するかっていうのが問題だよねー。一クールでもやっぱり長いし。例えば三話とか五話とか、区切りの良いところまで流すっていうのもありかも……? いやでも、せっかくアニメを解禁するのに続きは自分達で観てねっていうのも違うかぁ」


 んー、と唸り声を上げながら、プルマは口元に人差し指を当てる。

 珍しく顔をしかめるプルマの姿があまりにも新鮮で、ひっそりと頬が緩んでしまった……のは、もちろん内緒の話だ。


「プルマ。やっぱりここは劇場アニメが良いんじゃないかな」


 諭すように言って、プルマの肩にそっと手を置くのはコンキリオだ。

 やはり皆で上映会をすると考えると、劇場アニメが一番観やすいだろう。翠奈も同じことを考えていたが、プルマは不服そうに唇を尖らせる。


「えー、そんなの無難すぎるじゃん。あたしの推し作品はテレビアニメなんですぅ」

「プルマ、わがまま言わない」

「だってぇ。そりゃあ劇場アニメにも名作は多いけどさー。ポネリアンはサブカルに肥えた人ばっかりの町なんだよ? もっとオタク目線の知る人ぞ知る名作を流したいんだよー」


 プルマがわがままたっぷりにジタバタしている。

 翠奈はそんなプルマの姿を呆れ顔で見る――


(いやわかる。わかるよプルマちゃんっ)


 訳ではなかった。

 うんうんと深く頷き、何とも言えない笑みを浮かべる。

 確かに劇場アニメにだって名作は多い。よく国内興行収入○億円突破! みたいなニュースを見るし、地上波の情報番組などで話題になることもある。内容の良さもさることながら、普段アニメを観ない層にも触れられやすいのだ。


 でも。

 ポネリアンという日本のサブカルに影響を受けまくった町だからこそ、有名どころよりも玄人好みの作品に触れて欲しいと思ってしまう。

 それがオタクのさがなのだ。


「ねぇ、プルマちゃん」

「何々? 翠奈も何か良い案思い付いた?」

「あー、うん。ちょっと思ったんだけど、『そのおかのてっぺんできみはなく』はどうかな?」

「……え? いやまぁ、もちろん好きだけど、『その丘』は普通にテレビアニメだからなー…………あっ」


 くわっ、とプルマが何かに気付いたように瞳を大きく開く。

 同時にミラとコンキリオも似たような表情でこちらを見てきた。どうやら翠奈の言いたいことを察してくれたようだ。


 翠奈の言う『その丘のてっぺんで君の花が咲く』は、先ほどプルマが口走ったように一クールのテレビアニメだ。夏をテーマにした青春群像劇で、放送当時は泣けるアニメと話題になっていた。


「そっか、総集編の劇場版!」


 それだ! と言わんばかりにプルマが声を弾ませる。

 そう。『その丘のてっぺんで君の花が咲く』はテレビアニメだが、総集編の劇場アニメも存在しているのだ。まぁ、厳密に言うと総集編ではなく、テレビシリーズの再編集版+描かれていなかった過去エピソード+後日談なのだが。


「『その丘』、ありなんじゃないか?」

「うん、僕も賛成だよ。主題歌も三人にピッタリだと思うし」


 ミラとコンキリオも納得したように頷く。

 翠奈が『その丘のてっぺんで君の花が咲く』が良いと思ったのは、主題歌も大きな理由の一つだった。

 曲名は『こいとひまわり』。

 歌唱アーティストはキャラクター名義で、ヒロイン三人が歌っている。

 つまり、翠奈達三人がヒロイン達の心情に寄り添いながら歌うことができる楽曲なのだ。


「本家の声優さんには敵わないかも知れないけど、わたし達なりに気持ちを歌に乗せることはできると思うから。……どうかな、プルマちゃん」

「えー、今更聞く? あたしはとっくに賛成してるよ。そうと決まれば早くポエッタにも伝えに行かなきゃじゃん?」


 ニヤリと笑いながら、プルマが得意げな視線を向けてくる。

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