5-2 彼女達の決意

 ――こうして、解禁するアニメ作品と、翠奈達が披露するアニソンカバー楽曲が決定した。


 すぐさまポエッタに報告。その日のうちに三人で鑑賞会を行った。

 ちなみに『その丘のてっぺんで君の花が咲く』のBDはプルマが所持していて、プルマの部屋で観たのだが。


「ほわ……ぅわぁ、あう…………す、凄い、です……っ」


 ポエッタにとってはこの鑑賞会=アニメ解禁になる訳で、彼女の瞳はいつにも増して輝いていた。きっと、ポエッタにとっては何もかもが新鮮なのだろう。映像も、演技も、音楽も。はたまた環境音などの音響効果にもいちいち反応していて、


(確かに凄いことだよなぁ)


 微笑ましく思いながら、翠奈も釣られて感心してしまう。

 翠奈はアニメ制作の裏側に詳しい訳ではない。強いて言えばアニメ業界にスポットを当てたアニメを観たことがあるくらいだ。


(わたし、知らないことばっかりだ)


 食い入るように映像を見つめるポエッタを横目で見ながら、翠奈は笑みを零す。

 アニメのことが大好きでも、それはあくまで視聴者としての話だ。だけど翠奈は、もうすぐ主題歌アーティストとしてアニメに関わることになる。


 歌唱と作詞以外の関わりがあるかどうかはまだわからないけれど。もしかしたら、『何でも屋勇者のサブカルライフ』を制作しているアニメスタジオに潜入調査! みたいな仕事が舞い込んでくる可能性だってゼロではないのだ。


(ふ、ふふふ……)


 大好きなものの知らなかったことに触れること。

 その喜びはすぐ隣でポエッタが体現してくれているし、翠奈だって今、胸の高鳴りが止まらない。


 エンターラでアニメが解禁されること。

 自分達がそのアニメの主題歌をカバーして、アニソンの魅力を伝えること。

 そして――『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングテーマをエンターラで披露すること。

 考えるだけで心が震えるし、たくさんの喜びが胸を打つ。


 あとはもう、全力のパフォーマンスを届けるだけだ。



 ***



 と、いうことで。

 六日目の今日、翠奈にはやらなくてはならないことがある。

 作詞はできた。解禁するアニメも、披露する曲も決まった。

 つまり――今日はレッスンデーということだ。


 果たしてたった一日で仕上げられるのかという不安がない訳ではない。翠奈はともかく、ポエッタとプルマの歌声が未知数なのだ。

 あとはダンスの問題もある。『恋とひまわり』はミディアムテンポの曲ではあるが、せっかく三人で歌うのだからちょっとした振りも付けたい。そこはアイドルとしてのこだわりであり、譲れない部分だった。


「翠奈ちゃん。ここがレッスンスタジオだよ。プルマが先に入っていると思うから」


 時刻は午前九時。

 大急ぎで着替え(いつものゴシックロリータなワンピースではなく、動きやすいジャージ)、食事を終え、ミラに連れられてレッスンスタジオまでやってきた。

 プルマはやる気に満ち溢れているのか、翠奈が起床した頃にはレッスンスタジオに向かっていたらしい。


「……ありがとう」

「へっ?」

「いや、嬉しかったんだ。翠奈ちゃんが昨日、エンターラの皆の前で『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングテーマを披露したいって言ってくれて」

「わたしとしては、急な提案だったかなーと思ったんですが」


 へへ、と翠奈は頭を掻く。

 眉根を寄せる訳でもなくへらへらと笑っているのは、決して申し訳ないと思っているのではないからだろう。


「でも、私のアニメ解禁の方が急だっただろう?」

「それはそうです」

「ふっ、即答か。可愛いやつめ」


 言って、ミラは大雑把な手付きで翠奈の頭を撫で回す。

 せっかく結んだツインテールがボサボサだ。だけど嬉しくて、恥ずかしくて、ただ上目遣いでミラを見つめてしまう。


「ミラ様。明日は楽しみましょう」

「ん、そうだな。エンターラにとっても、『何でも屋勇者のサブカルライフ』にとっても、大事な日になるからな。目一杯楽しもう」

「はい!」


 しっかりと見つめ合いながら、翠奈は力強く頷いてみせる。

 寂しいだとか、不安だとか。そんな弱々しい感情は、すっかりどこかへ吹き飛んでいた。



「おはよう……あっ、ロコちゃんももう来てたんだ」


 レッスンスタジオの中へ入ると、早速歌唱の練習をしていたらしいポエッタとプルマと目が合った。ポエッタは黒いスウェットパンツにショート丈の水色のTシャツ。プルマは白いジョガーパンツにピンク色のTシャツ(翠奈も知っている声優アーティストのライブTシャツだった)。

 二人ともおしゃれで可愛いレッスン着に身を包んでいて、ただのジャージ姿の自分が何だか恥ずかしくなってきた。


(いや、わたしだって自分のイメージカラーのジャージにしたし)


 おのれのミントグリーン色のジャージを見ながら、翠奈は唇を尖らせる。例えジャージ姿でも、ファンの皆は可愛いと褒めてくれるはずだ。いやまぁ、さっきミラに撫でられて髪型すらも乱れてしまっている訳だが。


「そ、それにしても凄いなー。普通にレッスンスタジオだ」


 そっと髪を結び直しながら、翠奈はわざとらしく辺りを見回す。

 ミラに「レッスンスタジオ」だと案内された建物の外観はヨーロピアン風のおしゃれ感が漂っていて、本当にここに見慣れたレッスンスタジオが? といささか疑問に思っていたのだ。

 しかし、蓋を開けてみれば翠奈のよく知るレッスンスタジオにしか見えなかった。フローリングの床に、巨大な鏡。音響設備もちゃんと整っているようで、さっきから『恋とひまわり』のインストが流れている。


「お姉様、もっとアイドルとか演劇とかも広めていきたいみたいでさ。このレッスンスタジオも実は最近できたばっかりなんだよねー」


 言いながら、プルマは「良いでしょ?」と胸を張る。

 いつも通りの軽い口調。だけど心なしか楽しそうに弾んでいる気がして、翠奈は小さく微笑みを浮かべる。


「何?」

「いや、楽しそうだなって思って」

「…………」


 正直な気持ちを漏らすと、プルマは一瞬だけ困ったように目を伏せる。

 しかし、すぐにほんのりと口元を綻ばせた。


「あたしはさ、翠奈やポエッタほど大きな決意がある訳じゃないよ。それでも……嬉しいんだよね。翠奈とポエッタと三人で新しいエンタメを届けるなんてさ。思い出作りとかそんなレベルじゃないんだよ。きっとこれは、あたしの人生の大きな一部になる」

「……うん」


 頷きながら、翠奈は何故か自分の胸がちくりと痛むのを感じる。

 大きな決意がある訳じゃない、と彼女は言っているけれど。

 そんな訳がないのだ。翠奈もポエッタも、エンターラを旅立つことが決まっている。三人の中で、アニソンカバーをしている時の記憶をちゃんと覚えていられるのはプルマだけで。


「プルマ、様」


 何て言ってあげたら良いだろう、と思ってた。

 そんな中、ポエッタが口を開く。

 ポエッタはプルマのことを「プルマ様」と呼ぶんだ。……なんてあらぬ方向に思考を巡らせていると、プルマはわかりやすく不服そうに頬を膨らませた。


「もー。様付けしなくて良いって言ってるのになぁ。どしたの、ポエッタ」

「私、達……記憶、もうすぐなくなります」

「そうだねぇ。寂しい?」

「うぃ。……でも、違うです。プルマ様、全部……背負ってくれます」

「ぅお」


 ポエッタの言葉に、プルマは狼狽えるように体を仰け反らせる。プルマだけじゃなくて、翠奈も同じだ。「背負ってくれます」なんてセリフを言えてしまうポエッタのことが心底凄いと思ってしまった。


「でも、私達……漫画で知ることになる、です。私達が、やったこと。今度はエンタメになる、です。…………とても凄いこと、思います」


 あまりにもまっすぐな瞳だった。

 フェアリー族で、魔術が苦手で、だけど本が大好きで。一度好きなものを見つけたらどこまでも羽ばたくことができる。

 彼女に出会えて良かった。そう、はっきりと思う。

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