5-3 意外な訪問者

「紺藤先生、ロコちゃんのエピソード描いてくれるかな。流石にオープニングテーマを歌うわたしが絡んでると難しいかも……?」

「いやまぁ何とかしてくれるっしょ。あたしも、三人で歌った記憶をちゃんとお兄様に伝えるからさ」


 ね? とプルマは小首を傾げる。

 その姿はまるで頼もしさたっぷりのミラのようで、翠奈は思わず笑ってしまった。


「って、いつまでも喋ってちゃ駄目じゃん。ほら、練習練習!」

「うぃ。頑張る、です!」

「とか言って、ポエッタちゃんめっちゃ歌上手いじゃん。あたし足引っ張っちゃうから頑張らないと」

「そうなの?」


 翠奈は半笑いで訊ねる。

 レッスンスタジオに入る際に、少しだけ二人の歌声は聴こえてきたのだ。確かにポエッタの歌声は透き通っていて綺麗だった。だけどプルマも可愛さの中に力強さを感じる歌声で、むしろどこに足を引っ張る要素が? なんて思ってしまう。


「大丈夫だよ、プルマちゃん」

「ほんのちょっとしか聴いてない癖にそんなドヤ顔されてもなー」


 不貞腐れた風に言いながらも、瞬き多めに動揺するプルマ。意外とわかりやすい反応をしてくれて、翠奈のドヤ顔はますます輝きを放つ。


「くっ……翠奈のドヤ顔可愛すぎるなー。そうだ、カメラで撮っておこう」

「あ、それはマネージャーさんの許可がいるので」

「何でだよ! もう、良いから早く始めるよ。翠奈はオープニングテーマの練習もしなきゃなんだから」


 言って、プルマは歌詞カード片手に「まずは三人で歌ってみて、パート決めをして、形になってきたら振り付けも入れて……」と仕切り始める。

 いきなり頼もしくなるプルマの姿に、翠奈は「そういえばこの中ではプルマちゃんが最年長だっけ」と気付く。いつもはギャル感が強くて高校生くらいのイメージがあるが、この時ばかりはお姉さん感を漂わせていた。



 夕方頃まで三人で『恋とひまわり』の特訓。それから翠奈だけが残り、夜遅くまで『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングテーマの練習をした。『恋とひまわり』のパート分けは意外と早く決まり、翠奈はメインヒロインの芯のある歌声。ポエッタは大人びた先輩ヒロインの澄んだ歌声。プルマは小悪魔な後輩ヒロインの甘い歌声。三人の歌声はバラバラにも思えるが、本家の『恋とひまわり』もアンバランスさが魅力の曲なのだ。青春の痛みや悩みを感じさせるメロディは、自分達にもちゃんと合っている。

 本家ではないけれど、エンターラ人の皆にアニソンを伝えることはできる、と。はっきりと思うことができたのだ。


 ちなみに、ダンスはちょっとした手振りにすることになった。作品の繊細なイメージも相まって、やはり派手なダンスは違うような気がしたのだ。花を添える程度の振り付けと、表情と、歌声と。その三つが揃えば完璧だ、と翠奈は思った。


 しかし――大変だったのは『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングテーマの方だ。

 歌詞も完成して、あとは曲に合わせて歌うだけ。……と思っていたら、声に出してみると歌いにくい部分が何ヶ所もあった。結局は書き直しつつ歌うという作業を何度も繰り返し、気付いた時には夜になってしまっていたのだ。


「ん、はーい。どうぞ」


 不意にレッスンスタジオの扉がノックされ、ようやく翠奈ははっする。

 ミラが呼びに来てくれたのだろうか。それともコンキリオかプルマ? ポエッタが心配して様子を見に来てくれたっていう可能性もある。

 なんて思っていたのだが。


「来たぞ、祝井翠奈」


 現れた人物があまりにも予想外で、翠奈は「へっ?」という声すら出すことができなかった。

 彼と顔を合わせるのは何日振りだろうか。

 シグナルレッドの長髪に、オールバックの前髪。クロムイエローの三白眼はやはり威圧感があって、高い身長も相まって初対面では誰しも「ひいぃ」となってしまうだろう。


 だけど翠奈は知っている。

 ルーベル・インサニア。

 ミラの幼馴染的存在であり、魔王の子孫でもある彼は、実は心根の優しい人なのだと。


「差し入れを持ってきてやったぞ。どうせ何も食べてねぇんだろ」

「あ、ありがとうございます。……わぁ、美味しそう……」


 ぶっきらぼうな態度でルーベルが手渡してきたのは手作りのサンドイッチだった。たっぷりの野菜が挟んであるものと、カツサンド的なものの二種類がある。


「こっちのお肉って……」

「ああ、イノポコのカツサンドだな。ポコサンドっつって、ポネリアンで最近ブームになってんだよ」

「ポコサンド……!」


 そのあまりにも可愛い響きに、翠奈の顔は自然と綻ぶ。

 ブームになっているのが最近だからこそ、まだ漫画内には登場していないのだろう。まるで流行を先取りしたような不思議な感覚だった。


「美味いか?」

「はい、すっごく美味しいです。ステーキの時も思いましたけど、思ったより癖がなくて食べやすくて……」


 言いながら、翠奈はもぐもぐとポコサンドを口いっぱいに頬張る。

 どうやら食欲はかなりあったようで、野菜のサンドイッチとともにぺろりと平らげてしまった。


「でも、ビックリしちゃいました。ルーベルさんがわざわざ差し入れに来てくれるなんて」

「まぁな。……あいつ、忙しそうに動き回ってたんだよ。それで、俺にできることはないかって聞いたたら差し入れを頼まれた。それだけの話だ」


 あいつ、というのは言わずもがなミラのことだろう。

 ついつい翠奈はニヤニヤと笑ってしまった。

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