5-4 少しのネタバレ
「何笑ってんだよ」
「すみません。何かすることはないかって思った時にミラ様の元に行くところが、その……素敵だな、と」
微笑ましくて、なんて言ったらますます刺々しい視線を向けられてしまうかも知れない。そう思った翠奈は必死に言葉を選んだのだが。
「素敵って何だよ。……みわかんねぇよ」
どうやらニヤニヤしている時点でアウトだったらしい。
久々の『みわかん』に、内心テンションが上がってしまう。顔を押さえて赤面するルーベルの姿もまた、翠奈のニヤニヤを加速させていた。
しかし、いつまでもルーベルをからかっている訳にはいかないだろう。
「ルーベルさん。差し入れありがとうございました。ルーベルさんの料理、本当にもう……毎日通いたいってくらいに美味しかったです」
言って、翠奈は深く頭を下げる。
料理だけではなくて、ルーベルにはアニソンあるあるを再現する撮影にも付き合ってもらった。明日は明日でバタバタするだろうし、ルーベルとゆっくり話ができる瞬間は今しかないかも知れない。そう思ったら身体が勝手に動いていた。
「なぁ、お前。元の世界に帰るんだってな」
「……はい」
「ふっ」
力強く頷くと、何故か鼻で笑われてしまった。
意図がわからず首を捻っていると、ルーベルは何でもないことのように呟く。
「似てるんだよ」
「似て……る?」
「ああ。目があいつに……ミラにそっくりだ。好きなものは好きだって大声で言える。お前は今、そんな目をしてる」
そんな馬鹿な、と。
ミラにエンターラへ連れられる前の自分なら思ったことだろう。
自分はそんなに強くはない。ふとした瞬間にネガティブが溢れ出すことだってあるし、涙を流すこともある。
だけど『好きなもの』に関することならば、否定することすら馬鹿馬鹿しく思えるのだ。
「好きなんですね、ミラ様のこと」
「な……っ」
「良いじゃないですか。今はミラ様もいないんだし。少しくらい、ミラ様への想いを聞かせてくださいよ」
嬉しくて、恥ずかしくて。
翠奈はついつい、誤魔化すようにルーベルをからかい始めてしまう。好きだとか、想いを聞かせてとか、いくら何でも踏み込みすぎただろうか。
「すみません。冗談……」
「いや、良い」
「へっ?」
「お前はもう、エンターラにとって大事な存在だろ。少しくらいネタバレしてやる」
「ネタバレ……」
ふにゃりと緩みそうになる口元を、翠奈は咄嗟に隠す。
エンターラ人にとっても、『何でも屋勇者のサブカルライフ』の読者にとっても、ルーベルがミラに気があることは周知の事実だ。
だからわざわざ「ネタバレ」と言うルーベルに対して、またもや微笑ましい気持ちになりそうになる――のだが。
彼のクロムイエローの瞳はいつになく真剣で、翠奈は息を吞むようにして頷いた。
まるで昔話を語るように、ルーベルはゆっくりと口を開く。
ルーベルは昔、今とは違って明るい性格をしていたのだという。
魔法学校に通っていた頃は「魔王の子孫らしくない」と弄られることが多く、そんな時に「ルーベルはルーベルだよ」と励ましてくれたのがミラだった。
それ以降、料理好きなのを隠さないようになり、同時に気が強い性格なって――今のルーベルが出来上がったのだという。
「あの時の恩を返すためなんだよ」
ミラに絡まれ、ルーベルが毎回律儀に付き合う。そんな流れが当たり前になったのは、ミラへの強い想いがあるからだった。
態度とは裏腹に「楽しい」と思う気持ちが強くて。だけど変わるきっかけをくれたミラに「ありがとう」すら言えない自分にやきもきしていて。
そろそろ前に進みたい。
本音を吐露しながらも、ルーベルは逃げることなく翠奈を見つめ続けた。
「いつかは俺も、人々の悩みに手を差し伸べたり、エンターテイメントを広めたり……。あいつの手伝いができたらと思ってるんだ」
やがて囁かれたルーベルの言葉に、翠奈はまた息を吞む。
(それって、いつかはミラ様と結婚して、ルーベル様がラエトゥス家の能力を授かるってこと……っ?)
心の中は大興奮である。
しかし翠奈は気付いてしまった。
大興奮どころの問題ではないということに。
「ル、ルーベル……さん」
「何だよ。お前があいつへの想いを聞かせろって言ってきたんだろ。今更意外そうな顔してんじゃねぇよ」
「いや、そうじゃなくて」
ゆっくりと、翠奈はあらぬ方向を指差す。
ルーベルの「あ?」という間抜けな声とともに、二人の視線は確かにぶつかり合った。
「…………」
言葉も出ない、とはまさにこのことを言うのだろう。
ルーベルが唖然としたまま彼女を見つめている。
彼女――というのはもちろん翠奈のことではない。レッスンスタジオの扉の隙間から顔を覗かせているミラ・ラエトゥスのことだ。
「あのー……ミラ様? どうしてここに……というか、いったいいつから……?」
いつまで経っても言葉を発しないミラとルーベルに痺れを切らした翠奈は、恐る恐る問いかける。するとミラは、一歩、また一歩というぎこちない動作でこちらに近付いてきた。
「その、あれだ」
「あれ?」
「…………『好きなんですね、ミラ様のこと』、辺りからだ」
「おぅふ」
翠奈は大袈裟に頭を抱える。
そうじゃないと、この甘酸っぱいような、熱いような、変な空気に耐えられそうになかった。
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