第一章 エンターラへようこそ!
1-1 大好きを貫くために
翠奈は完全に理解した。
これは決して夢なんかじゃない。
アイドル・祝井翠奈にとって初めてのドッキリ企画なのだ。
あまりにも完璧すぎるミラのコスプレに、翠奈はすべてを察してしまった。
つまりはアニメ化が決定している『何でも屋勇者のサブカルライフ』の番宣のための企画ということだろう。
はっきりと言えることは「わかった、これってドッキリなんでしょ!」とか言いながらカメラを探すのは絶対にNG、ということだ。
こんなことをしてはお茶の間が冷えっ冷えになるのはわかりきっていることだし、祝井翠奈が一生バラエティ番組に出られなくなる可能性だってある。
だとしたら、翠奈のやることは一つだけだ。
「ミ、ミミ……ミラ様? ほ、ほほほ本当に『何でも屋勇者のサブカルライフ』のミラ様なんですかぁっ?」
大袈裟に両手を広げてみせながら、翠奈は思い切り驚いてみせる。
動揺しつつも作品タイトルは聞き取りやすいようにゆっくりと。我ながら完璧な演技プランである。
「おお、そうか。私がミラだと受け入れてくれるか! 話が早くて助かる!」
ぐぐっと顔を寄せて、ミラは何故か嬉しそうに声を弾ませる。
(いやいやいや顔近いんですけどっ?)
自分の頬が赤くなるのを感じながらも、翠奈は逃げずにミラを見つめ続ける。これが異性だったら大問題だが相手は綺麗なコスプレのお姉さんだ。
だったら特に問題はないだろう。
(いや本当にこのお姉さん凄すぎるって。オッドアイはカラコンだと思うけど、切れ長の目とか、絶妙に焼けた肌とか……。ウィッグだって同じ色を探すの大変だろうし、だいたい衣装がそのまますぎる……。それで極めつけは『絶対領域様』でしょ? 何、ミラ様のために鍛えてるの? 作品愛やばすぎじゃない?)
ミラの筋肉質でたくましい絶対領域は読者から『絶対領域様』と崇められているほどに人気のポイントだ。コスプレでそこまで押さえられているなんて、彼女はきっと凄腕のコスプレイヤーに違いない。
しかし、翠奈には一つ疑問に思うことがあった。
(なのにどうして眼鏡……?)
目の前にいるミラは今、銀縁眼鏡をかけている。……漫画では一切、ミラが眼鏡をかけているシーンなどないはずなのに。
確かに翠奈は性別問わず眼鏡属性のキャラクターが好きだし、正直「これはこれでよしっ」と興奮している。
しかしここまで完璧なコスプレなのに原作通りではない眼鏡姿なのはいったい何故なのか、翠奈にはわからなくて半眼状態が復活しそうになってしまう。
「おーい、さっきから上の空だが大丈夫か? 驚きすぎて固まってしまったのか?」
「っ!」
ミラが声をかけてくれたことによって、どうにか半眼状態を晒す前に我に返ることができた。
そうだ。今はドッキリ企画の最中なのだった。
どこからカメラが狙っているかがわからないのだから、ちゃんとアイドルの祝井翠奈を保っていなければならない。
「そうなんですよ! あまりにもクオリティの高いコスプレに驚いちゃって」
「コス……?」
「あっ」
しまった、と翠奈は両手で口を塞ぐ。
同時にミラの表情がみるみるうちにしぼんでいった。眉もハの字だ。そのまま膝を抱えて体育座りを始めてしまい、翠奈の脳裏に衝撃が走る。
(かわい……じゃなくて、本気でやばい!)
頭の中を駆け巡る「可愛い」の文字を必死に振り払いつつ、翠奈はようやくことの重大さに焦り始める。
このままドッキリ企画が失敗してしまったら、もしかしたら翠奈がオープニングテーマを担当する話もなかったことになってしまうのではないか?
考えすぎかも知れない。
いつものネガティブモードが絶好調なだけかも知れない。
だけど翠奈は、嫌だと思った。
だって大好きなのだ。
歌うことが。『何でも屋勇者のサブカルライフ』が。
ずっと憧れていたのだ。
自分の歌声で大好きな作品を彩ることに。
確かに、不安なこともたくさんある。
だから悩んだ。無理だ無理だと頭を抱えて、挙句の果てに「助けて」と叫んだ。
好きだから。諦めたくないから。
そんな想いが形になって、本当にミラが目の前に現れた――なんて。やっぱり、どうしたって信じられそうにないけれど。
でも、少しだけ心は落ち着いていた。
「ミラ様、大丈夫ですか?」
「あぁ、すまないね。コスプレだの夢だのっていう反応をされてしまうのは正直うんざり……んんっ、慣れてしまっていてね。今は君が冷静になるのを待った方が良いんだって相場が決まっているんだ」
「そう、なんですか」
何というか、リアルだなと思った。
ミラ・ラエトゥスは漫画のタイトル通り『何でも屋勇者』だ。
勇者の子孫であり、エンターラという世界で暮らしている。
エンターラに本来の意味での勇者が存在していたのは半世紀前で、ミラの祖父が魔王軍を滅ぼした勇者だった。
ラエトゥス家の人間は、
『エンターラ・異世界問わず、人々の助けを求める声が聞こえる』
『エンターラと異世界を行き来できる』
という能力を持ち、ミラの父親も何でも屋勇者として活躍していた。母親も結婚と同時に能力を授かり、今はミラがその意思を受け継いでいる。
つまり、ミラは何度も異世界――翠奈達の暮らす世界にやってきているということだ。
あくまで漫画の中の話だけれど、異世界からやってきた勇者に「君の心を救いにきた」と言われて驚かない人間などいるはずがない。
誰だって翠奈のように取り乱してしまうはずだし、いちいち同じ反応をされてうんざりしてしまうミラの気持ちもわかる。
だから、
「あの……。ミラ様は、わたしの助けを求める声が聞こえたってことですか?」
恐る恐る、翠奈はミラに訊ねた。
「……っ!」
ぱあぁっと、ミラの表情に花が咲く。
いくら何でもわかりやすすぎなのでは? と思ってしまうほどに嬉しそうな笑顔だった。
「そうだ、そうなんだよ! 『何でも屋勇者のサブカルライフ』のアニメ化が決定していて、オープニングテーマを君が担当することになったのだろう? でも君はアニメソングを担当するのが初めてで、原作ファンに受け入れられるか不安に思っている。しかも作詞をやってみたいと言ってしまったものだからますますプレッシャーになって頭を抱えている。……私の言っていることは間違っているかな?」
小首を傾げながら、ミラは得意げな表情を浮かべる。
(か、可愛い……)
と思う反面、翠奈の心は震えていた。
怖い訳ではない。これは多分、きっと。期待の色に染まっているのだ。
「本当に、心の中のことまでわかってしまうんですね」
実際問題、世間的に公表されているのは『何でも屋勇者のサブカルライフ』のアニメ化が決定したことくらいだ。まだ放送時期やスタッフ・キャストの発表もなく、当然のように主題歌アーティストも明らかになっていない。
なのにミラは翠奈がオープニングテーマを担当すると言い当てた。それに、翠奈の心の奥底にある弱い部分まで。
何もかもミラに伝わっているのだ。
「ふっふっふっ、これがラエトゥス家の能力だからな。聞きたいことがあれば何でも聞くと良い。まずは私を信頼してくれることが大事だからな」
「……じゃあ、その」
少し悩んでから手を挙げる。
ミラが「うむ」と胸を張ると、翠奈は意を決して口を開いた。
「今ここにいるミラ様と、漫画の『何でも屋勇者のサブカルライフ』の関係っていったい何なんですか?」
「あー……。それは少々複雑でなぁ」
困ったようにミラは頭を掻く。
表情がころころと変わるのもやはり漫画通りだ。
「それはエンターラでじっくり教えよう。……というのはどうかな?」
今度はお茶目な笑みを浮かべながら、翠奈の顔を覗き込んでくる。いちいち顔が近いのも見慣れた光景だが、傍から見ているのと自分がされるのとでは訳が違う。
ミラのルビーレッドとサファイアブルーの瞳がまるで異世界へと
「君、名前は何だったかな」
「……翠奈です。祝井翠奈」
「翠奈ちゃんね、わかったよ」
翠奈の頭をぽんぽんと撫でてから、ミラは改めて翠奈を見つめる。
「翠奈ちゃん。私も君のアニソン制作に協力しよう」
言いながら、ミラは手を差し伸べてくる。
少しくらいは躊躇うのかなと思っていた。だけどもう、夢とか現実とか関係なくて。ただ単に大きな一歩を踏み出したいのだと気付いた。
自分は歌とダンスが大好きなアイドルだ。
だけど同時にただのアニメオタクでもあって、『何でも屋勇者のサブカルライフ』のことも大好きで……。
別に良いではないか。
もう一つの大好きに手を伸ばしても。
「はい……っ!」
自分でもビックリするくらいに力強く返事をしながら、翠奈はミラの手を握り締める。
ミラがニヤリと笑う。翠奈も釣られて微笑む。眩しいくらいにポジティブな空間だ。それを受け入れられる自分がここにはいる。
ただ、大好きを貫くために。
胸を張って、「これが『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングテーマです」と言えるように。
――わたしは、勇者の力を借りる。
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