2-4 みわかん

「…………ぅぐ」


 今はあくまでイノポコ討伐中だし、だいたいもって撮影中だ。だから絶対に騒いで場の空気を崩してはいけない。

 だが、それはそれとして。



(ル、ルーベル様だああぁぁ)



 心の中では歓喜が大爆発していた。

 本物だ。本物のルーベルである。『何でも屋勇者のサブカルライフ』はオムニバス形式のため、基本的にゲストキャラクターとともに物語が進んでいく。ミラの両親は別の町を拠点に活動していて、メインキャラクターと呼べるのはミラとルーベルだけ。


 翠奈がエンターラにやってきてからというもの、ずっと「ルーベル様もエンターラに実在するのかな……」と密かにそわそわしていたのだ。


「祝井さん、嬉しそうだね」


 すると、微笑を浮かべるコンキリオが耳打ちをしてきた。

 歓喜が漏れ出てしまっていたのだろうか。翠奈は恥ずかしくなって口元を手で隠す。


「それはもう、本物のルーベル様に会えるとは思いませんでしたから」

「結構似てるでしょ?」

「何言ってるんですか紺藤先生。似てるも何も完璧ですよ」


 そういえば、と翠奈は気付く。

 コンキリオは実物の二人を元に、ミラとルーベルを漫画に描き起こしているのだった。コンキリオがドヤ顔でこちらを見ている理由がわかるくらい、ルーベルも漫画のイメージそのままだ。


「お兄様、天才でしょ? あたしはお兄様の妹だけど、ただの紺藤桐生ファンでもあるんだよねー」


 プルマもまた、カメラに集中したまま自信満々に言い放つ。


「僕はただ、見つけただけなんだよ。漫画っていう夢中になれるものをね」


 愛おしそうに二人の戦闘シーンを眺めながら、コンキリオは照れたように鼻を掻く。

 やがて「格好付けすぎたかな」と零す彼の瞳はどこまでも眩しかった。



 ***



「ふむ、こんなものかな。ルーベル、付き合ってくれてありがとう。感謝する」

「……ふん。イノポコくらいお前一人で倒せただろーが」

「まぁ、確かにな。でも助かったのは事実だぞ? ルーベルは安心して背中を預けられる相手だからな」

「な……っ」


 ぷしゅー、という音が聞こえてきそうなほど、ルーベルの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。

 戦闘シーンの撮影(イノポコ討伐)が無事終了し、助けを求めたフルーツ農家の奥様に何度もお礼を言われ、ひと段落したところでこの「ラブコメ感」である。


「……みわかんねぇよ」


 眉間を掻く仕草をして顔を隠しながら、ルーベルは「意味わかんねぇよ」とでも言いたいような呟きを漏らす。


(み……みみ、『みわかん』だ……!)


 当然のように翠奈は大興奮である。

 ミラが人たらしな言葉を吐き、ルーベルが照れて「……みわかんねぇよ」と呟く。

 通称『みわかん』と呼ばれるこのセリフは、漫画の中で何度も出てくるお決まりの言葉であり、特に女性読者の心を掴む人気のセリフだった。


「早く付き合っちゃえば良いのにね」

「紺藤先生……っ?」


 さも当然のように言い放つコンキリオに、翠奈は「本人が目の前にいるのにっ」と声を荒げさせる。

 しかし翠奈は気付いた。コンキリオは『何でも屋勇者のサブカルライフ』の原作者である。つまりはミラとルーベルのラブコメシーンもノリノリで描いているのだろう。

 コンキリオの緩んだ表情を見るに、完全に二人のラブコメ模様を楽しんでいるようだ。


「おい弟。妙なこと言ってんじゃねぇよ」

「お、嬉しいですね。もう僕のことを弟扱いしてくれるんですか?」

「ぐっ。……みわかんねぇ。妹もニヤニヤしてんじゃねぇよ」

「へえぇ、あたしのことも妹扱いしてくれるんだ?」

「…………みわかんねぇよ」


 今日は『みわかん』のバーゲンセールである。


「それで、何だ。お前が噂の転移者か」

「へっ、あ……はい! 日本でアイドルやってます、祝井翠奈って言います!」


 ルーベルのクロムイエローの瞳がこちらを向く。

 どうやら『みわかん』でニヤニヤしている場合ではなかったようだ。流石は魔王の子孫と言うか何と言うか、威圧感が凄い。

 思わず背筋を伸ばして自己紹介をしてしまった。


「そうか。俺はルーベル・インサニアだ。ポネリアンのレストランでシェフをしている」

「あ、はい。本当にシェフなんですね」

「? あぁ、そうか。弟……こいつの書いた漫画を読んでるんだったな」


 ルーベルは何とも言えない複雑そうな表情でコンキリオを見つめる。

 魔王の子孫であるルーベルは、その二つ名に相応しい悪事を働いている――訳ではなかった。漫画の中で描かれているルーベルの姿は「レストランのシェフ」であり、どうやら実際もシェフとして働いているようだ。


「ルーベルさんは『何でも屋勇者のサブカルライフ』のことも知ってるんですね」

「まぁな。こいつに堂々と言われたんだよ。『漫画のネタにしても良いですか』ってな」


 言って、ルーベルは「クソが」と悪態を吐く。

 一方でコンキリオは無言で微笑みを浮かべている。楽しそうで何よりだと、翠奈もまた微笑ましい気持ちに包まれた。


「それで、確か……アニメソング? だったか。そのための撮影に協力して欲しいと頼まれたんだが、今ので合ってたか?」

「あ……はい。もちろん大丈夫って言うか、完璧でしたよ! 格好良かったです」


 多分ルーベルとしてはアニメもアニソンもよくわかってはいないのだろう。

 日本語はペラペラだから漫画や小説の知識はあるのかも知れないが、アニメもアニソンもまだエンターラでは解禁されていない。異世界を行き来できるラエトゥス家が特別なだけであり、ルーベルはいまいち何をさせられているのか実感が湧いていない可能性もある。

 だからこそ明るく言い放ったのだが、


「お、おう。そうか。その……何だ。…………良かった、んじゃないか」


 もしかしたら無用な心配だったのかも知れない。

 ただ「格好良かったです」と褒めただけでこの照れ具合である。見ているこちらが恥ずかしくなってくるほど、初々しくて可愛らしい魔王の子孫の姿があった。

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