2-3 強力な助っ人

 再現その二、サブカルを満喫。


 オープニング映像として欠かせないのは、やはりミラがサブカルを満喫しているシーンだろう。

 ちなみにミラの服装はいつもの鎧姿だ。しかも背中に大剣を担いでいる。ミラの中に私服の概念はないらしく、理由を訊ねると「いつ助けを求める声が聞こえるかわからないから」とのこと。『何でも屋勇者』という肩書きではあるものの、彼女の中にある正義感は勇者そのものだと翠奈は思った。

 まぁ、可愛い私服姿も見てみたいというのもまた本音なのだが。


「姉さん、窓際の席に行こう。シリアスな歌詞とも合うように憂いを帯びた表情で本を読むって感じでよろしく」


 翠奈達がまず訪れたのは図書館だった。

 図書館には小さなカフェスペースもあり、購入した本を読むことができる。


「え、紺藤先生は天才なんですか……?」

「祝井さん、大袈裟だよ。でもずっと楽しく動き回ってるだけが『何でも屋勇者のサブカルライフ』の魅力じゃないのかなって思うんだよね。……いやまぁ、作者の僕が言うもの何だけど。姉さんはたくさんの人の悩みと向き合ってる訳だからさ」

「ほおぉ」


 思わず感嘆の声が零れ落ちる。

 当たり前のようにコンキリオと接しているが、ふとした瞬間に「彼は本当に原作者なんだ」と改めて思ってしまう。作品への理解度が高いどころの問題じゃなくて、彼はずっと近くでミラのことを見つめてきたのだ。


「あの、紺藤先生。今度……インタビューをさせてもらっても良いですか?」

「もちろんだよ。その代わり、祝井さんも『何でも屋勇者のサブカルライフ』のどこが好きなのか教えてね」

「はい、もちろんです!」


 コンキリオの力強くも優しい視線に、翠奈もまた釣られるように明るく返事をした。

 この世界を肌で感じるだけじゃなくて、原作者にも直接話を聞くことができる。考えれば考えるほどに、なんて幸せで贅沢な事実なのだろうと思う翠奈だった。



 本を片手にミラはふう、と息を吐く。

 物憂げな表情で窓の外を眺めるミラの姿は、起床シーンの晴れ晴れとした顔とはまったく違ったシリアスさに溢れていた。


(ミラ様ってホント何でもできちゃうんだなぁ……。すっかり役者の顔だよ)


 ちょっとだけ嫉妬しつつ、翠奈はミラを見つめる。

 アイドルの世界ではドラマや映画に出演する機会も少なくはない。翠奈もデビューして間もない頃に一度だけ経験があるのだが、棒読みだ何だと散々な結果だった。当然のように祝井翠奈の黒歴史と化している。まぁ、人には向き不向きがあるということだ。


「っ!」


 すると、ミラが急に立ち上がった。

 プルマがまだカメラを回しているのに、いったいどうしたのだろう。


 ――まるで、助けを求める声が聞こえたような反応だ。


「お姉様、撮影は……」

「いや、大丈夫だ。これは畑……いや、果樹園の案件だな。私一人でも対処できそうだ」


 プルマとコンキリオはすぐに事態を察したようで、ピリリとした空気が流れる。しかしミラは何故か楽しげに口元をつり上げた。



「ちょうど良い。ついでに戦闘シーンの撮影もしてしまおうか」



 ***



 ミラが聞こえる『人々が助けを求める声』には二つの種類が存在する。

 一つは自室などの静かな場所で意識を集中させること。不安な気持ちだったり悲しみだったり、人々の心の奥に眠っている思いを聞くことができる。翠奈の「どうしよう」「誰か助けて」という作詞への不安もこの方法で聞こえたということだ。


 もう一つは緊急性の高いもので、何の前触れもなく頭に声が響く。先ほどミラが「果樹園の案件」と言っていたように、今回は果樹園がモンスターに荒らされているという案件のようだ。


「ね、姉さん。本当に撮影続けて大丈夫? 結構な数だけど……」


 声の主の元へ辿り着くと、すでに果樹に突進してフルーツを食い荒らすモンスターが何頭もいた。多分、十頭くらいはいるだろうか? 想像よりも激しく動き回っているものだから正しい数はわからない。ただ、モンスターの名前は翠奈でもすぐに把握することができた。


(あれは、イノポコ……!)


 イノポコ。その名の通り、現実で言うところのイノシシとタヌキが混ざったような見た目をしている。畑を荒らすことが多く、漫画の中でも「またお前か」と突っ込みを入れたくなるほど知名度のあるモンスターだ。

 ちなみに、エンターラにとっての代表的な食肉でもある。


「別に問題ないぞ。だいたい、プルマならともかくコンキリオは足を引っ張るだけだろう? イノポコ討伐は慣れたものだ」


 ふふん、とミラは得意げに笑う。

 ミラの発言から察するに、コンキリオは剣技も魔術も得意ではないということだろうか。確かにコンキリオは漫画家としてのイメージが強すぎるし、バリバリに戦う姿が想像できないくらいに華奢な身体付きをしている。


「それに、念のための対策もしているから安心してくれ。翠奈ちゃん達は気にせずに私の勇姿を撮影してくれれば良いからな」


 言って、ミラはプルマにアイコンタクトを送る。

 プルマが頷くのを確認すると、大剣を鞘から抜いてイノポコに立ち向かっていった。


(わあぁ……はわぁ)


 一方の翠奈はと言うと、静かに語彙力を低下させていた。

 クールな容姿とは相反する巨大な剣を、ミラは「ふんぬぅっ」と荒々しく振り回している。相手は数が多いにしろ「またお前か」でお馴染みのイノポコだ。RPGで言うところのスライムのような弱いモンスターのはずなのに、ミラは涼しい顔とは真逆の必死な表情をしていた。


 どんな依頼でも全力を尽くす。

 それは『何でも屋勇者のサブカルライフ』の心優しいお人好しな勇者、ミラ・ラエトゥスとまったく同じ姿だった。

 戦闘シーンなのに心が熱く燃える訳じゃなくて、ぽかぽかと温かくなる。漫画の中から受け取った感情が目の前に広がっていて、翠奈もそっと笑みを零していた。


 すると、



「待たせたな、ミラ・ラエトゥス」



 どこからともなく声が聞こえてきた。

 中低音の男性の声だ。コンキリオはもう少し高い声をしているから、「足を引っ張る」発言にムキになった彼が加勢した訳ではないだろう。


(嘘、でしょ)


 鼓動が跳ねる。

 決して怯えている訳ではない。むしろ歓喜に震えているのだ。

 彼の声に聴き覚えはない。だけど姿は知っている。


 腰辺りまで伸びたシグナルレッドの髪に、オールバックの前髪。ほど良く焼けた肌。背が高くガッチリとした身体を包む漆黒のローブ。三白眼で怖い印象のあるクロムイエローの瞳。


「ルーベル、すまないな。君はそっちを頼む」

「ちっ、仕方ねぇな。さっさと終わらせるぞ」


 面倒臭そうな表情をしながらも、彼――ルーベルはイノポコに炎魔法を放っていく。



 ルーベル・インサニア。

 彼はミラの幼馴染的存在であり、魔王の子孫だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る