2-2 ミラの趣味

 できていないのは作詞だけで、曲はすでに完成している。

 つまり――何でも屋勇者として活躍するミラの映像を曲とともに流せば、疑似的に『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニング映像になるということだ。


 その名も『アニソンあるある再現大作戦』。

 青空をバックに映し出されるタイトルロゴだったり、戦闘シーンだったり、唐突に踊り出したり、笑顔でジャンプしたり、サビで走ったり。

 アニソンでよくあるシーンをエンターラで再現してみたら、作詞のインスピレーションに繋がるかも知れないと思ったのだ。


「我ながらなんて贅沢な……」


 翠奈はそっと苦笑を浮かべる。

 作詞がしたいだけなのにそんな……! という気持ちにはどうしてもなってしまう。しかしプルマはノリノリで、ミラとコンキリオも「良いじゃないか」と了承してくれた。

 ラエトゥス邸の食堂で朝食をとり(まだエンターラに慣れていないだろうからと日本食を用意してくれた)、まずはミラの自室へと向かう。


「今日はグリーンなんだね。可愛いよ、翠奈ちゃん」


 自室に到着するや否や、ミラは翠奈の服装を褒めてくる。

 今日も翠奈はゴシックロリータなワンピースに身を包んでいた。どうやらゴスロリ系の衣装はすべてプルマの私服らしい。翠奈は思わず「なるほど」と納得してしまった。


「姉さんは隙あらば祝井さんを口説いてるよね」

「可愛いんだから仕方ないじゃないか。それに、その……な? コンキリオとプルマならともかく、翠奈ちゃんに見られるのは恥ずかしいんだよ。翠奈ちゃんを褒めることで私の部屋から意識を逸らそうとしているだけなんだ」


 言いながら、ミラはぽっと頬を朱色に染める。


(可愛いのはミラ様ですが……っ?)


 珍しく照れた様子のミラの破壊力は異常だった。思わず心の中で歓喜しながら、翠奈は改めて部屋の中を見回す。

 一見すると翠奈が寝泊りさせてもらっている部屋と似ていた。モノクロカラーの天蓋付きベッドがあって、ゴージャス且つシックな雰囲気だ。


 しかし翠奈は知っている。

 ミラは日本のサブカルが大好きな勇者であり、部屋の中もしっかりとその影響を受けていることを。


「ミラ様の部屋なら漫画の中にも出てくるじゃないですか。気にしなくても大丈夫ですよ」

「そうか? でもなぁ……私の趣味がなぁ」


 赤らんだ顔のまま、ミラはぼそぼそと独り言のように呟く。

 六十五インチのテレビに、ズラリ並ぶアニメのBD。本棚には漫画とライトノベルがあり、最近のゲーム機やソフトもしっかりと揃っていた。


(なるほどなるほど?)


 少女漫画に、溺愛ものや悪役令嬢もののライトノベル。

 ゲームに至っては乙女ゲーしか見当たらないという驚きのラインナップだった。


「ち、違うんだ! これは、ちょっとは女性らしくなろうと思ってだな……」

「でもさっき、『私の趣味がなぁ』って」

「ぐうっ」


 ミラが思い切りダメージを喰らったように顔をしかめる。


「……ほら、アニメのオープニング風の映像を撮りたいんだろう? コンキリオとプルマもニヤニヤしてないで動いたらどうなんだ!」


 まったくぅ、と鼻息を荒くさせるミラが可愛い。

 何なんだこの可愛い生き物はと思ってしまうレベルだ。翠奈が男だったら恋に落ちてしまうことだろう。格好良いだけじゃなくてちゃんと可愛さも秘めているなんて反則だ。


(でもそっか、そういうことかぁ)


 ミラが天然たらしなのは、もしかしたら漫画や乙女ゲーの男性キャラクターの影響を受けているからなのかも知れない。

 影響受けるのそこ……? と突っ込みを入れそうになってしまうが、何ともミラらしいと微笑ましく思う翠奈だった。



 何だかんだとぐだぐだしてしまったが、ようやく『アニソンあるある再現大作戦』が幕を開けた。

 出演するのはもちろんミラで、カメラマンはプルマ。原作者のコンキリオとともに「こういうシーンが撮りたい」という指示をするのが翠奈の役目だ。


 再現その一、起床シーン。

 舞台は異世界ではあるものの、『何でも屋勇者のサブカルライフ』はほのぼのとした日常を描いたスローライフファンタジーだ。


 起床して背伸びをし、窓を開けて小鳥(モチモチドリ)に微笑む。

 楽曲としてもピアノのイントロから優雅に始まる印象がありピッタリだろう。

 そして起床シーンということは、いつもの鎧ではなくパジャマに着替えてもらう必要がある。


「これで良いのか? 普段の私はジャージで寝ているんだが」

「良いんです! 完璧な美少女ですよ!」

「美少女って、私もそれなりに大人なんだがなぁ」


 ミラはいまいち納得していないような顔だ。

 だけど翠奈とプルマは大興奮で、コンキリオも静かに頷いている。


「はー、最高。純白のネグリジェとお姉様、良すぎるんだけど」

「……コンキリオ、どうしてくれるんだ。コンキリオが私の寝巻きをネグリジェで描いたせいでこんなことになってしまったじゃないか」

「大丈夫。似合ってるよ、姉さん」

「お、おぉ、そうか? それはまぁ、ありがとう」


 戸惑いながらも最終的には喜んでしまうミラはやはり可愛い。

 ちなみに『何でも屋勇者のサブカルライフ』でのミラは眼鏡をかけていないため、今はコンタクトレンズをつけている。魔法の力で視力が上げられるという訳でもないらしく、エンターラでは普通に眼鏡とコンタクトレンズが普及しているようだ。


「髪を下ろしてるミラ様も新鮮ですよね」

「ん、まぁ寝てる時もポニーテールだったらおかしいからな。……良いから撮影を始めるぞ? 私としては早くいつもの恰好に戻りたいんだ」


 ネグリジェ姿で照れるミラの姿はまるでか弱い少女のようだ。

 だけど撮影が始めるとミラはすぐに表情を変えた。起きて、伸びをして、ベッドから出て、窓を開けて微笑む。それだけのシーンなのにミラの表情は生き生きとしていて、わくわく感が募っていくのを感じる。

 ただ、


「うぅむ……。モチモチドリがちょうど良く顔を出してくれなかったな」


 という致し方ない問題はあったものの、起床シーンの撮影は難なく終えることができた。そのままタイトルロゴが浮かび上がるイメージの空を映して、部屋の中のシーンの撮影は終了。ミラは「よしっ」と満足げな声を零し、すぐさま普段の恰好に着替えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る