第二章 アニソンあるある再現大作戦

2-1 キャラの濃い妹

 目を覚ますと知らない天井が広がっていた。

 というよりも、天蓋付きのベッドだ。モノクロカラーでゴシックな雰囲気があるプリンセスベッドで、可愛さと高級感に溢れている。

 当然、翠奈が普段使っているベッドではなかった。


「あぁ、そうか。ここはラエトゥス邸の……」


 何の変哲もないアラーム音もしなければ、朝を告げる「チュンチュン」という鳥のさえずりも聴こえてこない。

 ただ、


「モッチョー、モッチョー」


 という、まったくもって聴き慣れない鳥の鳴き声が目覚まし代わりになっていた。


「えっ、あ……もしかして『モチモチドリ』?」


 翠奈は起き上がり、すぐさまカーテンを開ける。

 エンターラは魔王のいない平和な世界ではあるものの、モンスターは存在している。『何でも屋勇者のサブカルライフ』の中でも多くのモンスターが描かれていて、その代表的なモンスターがモチモチドリだった。


 見た目は白くてふわふわでずんぐりむっくりな鳥で、作品の中でもマスコット的存在だ。現実で言うところのコラーゲンがたっぷりのモンスターでもあり、家畜として飼養しようしている家もあるらしい。ちなみに黒いモチモチドリもいて、森などのダンジョンにいる。


 通称白いのが『シロモチ』で黒いのが『クロモチ』だ。

 高級なのはシロモチだが狩猟は禁止されていて、クロモチが一般的に食べられている。……というのが翠奈の知るモチモチドリの情報だった。


「本当にモッチョーって鳴くんだ……でもシロモチ可愛い……」


 えへへぇ、と翠奈は一人顔を綻ばせる。


「でっしょー? この子いっつもラエトゥス邸の周りにいるんだよねー」

「へぇ、そうなんだ」

「そうそう。でも翠奈も可愛いと思うけどね」

「いやいやそんな。だいたい人間とモンスターで比べられても…………って……え?」


 恐る恐る翠奈は振り返る。

 いったい誰だと思う前に、無意識のうちに会話をしてしまった自分に驚いてしまった。それだけ窓の外のモチモチドリに夢中なってしまったのだろうか。

 まぁ、「未知の生物+可愛い」なのだから仕方がないのだが。


「あ、やっとこっち見てくれた」

「えぇっと、あなたは……」


 一応、ここはミラから「この七日間は翠奈ちゃん専用だからね」と言われたはずの部屋だ。なのに彼女はひっそりと侵入した挙句、悪びれもなく笑っている。アイドルの部屋に無断で入った訳で、これが現実だったら大問題だ。


 しかしここはエンターラであり、翠奈もただの異世界人である。それに、侵入者の容姿にもはっとなる部分があったのだ。


「もしかして、ミラ様の妹さんですか……?」

「そだよー。あたしはプルマ・ラエトゥス。お姉様とお兄様……ミラとコンキリオの妹ってことね。よろしくー」


 いぇいとダブルピースをしながら、侵入者――プルマは顔を近付かせる。

 アイスシルバーのストレートロングヘアーに、右目を隠す前髪。左目はターコイズブルーのため、きっと隠れている右目はルビーレッドなのだろう。

 一見クールな容姿をしているが、愛嬌のある猫目が彼女の明るい性格を象徴しているかのようだった。

 身長も百五十五センチある翠奈よりも若干低く、小柄で可愛い印象が強い。


「ってゆーか昨日は顔出せなくてごめんねー。ほら、昨日から向こうの時間止まったじゃん? あたしよく日本でオタ活しててさぁ。ちょうど推しの握手会直前だったんだよね。そしたらお姉様からテレパシーが飛んできてさー……。時間停止でまさかの推しイベ一週間延期っていう」


 プルマはわかりやすくガクッと肩を落とす。


(何というか……)


 キャラが濃いな、と思った。

 一言で表すとギャルだ。そこにいるのは完全なるギャルである。

 服装もピンク色のタータンチェックのセーラー服で、どう見てもエンターラではなく日本の制服だった。


「あの……。すみません、作詞がしたいっていうしょうもない理由で時間を止めてしまって」

「いんや? そこは全然気にすることじゃないでしょー。あたしらにとっても翠奈の願いは大事なものなんだし。翠奈はあたしらの世界をアニソンにして届けてくれるんでしょ?」

「それは、まぁ……そうですけど」

「あと敬語禁止! あたしはお姉様やお兄様みたいに立派な存在じゃないし、だいたいあたしはテレビで観るようなキラキラした翠奈が見たいよ」

「へっ?」


 驚く声が弾む。

 初対面から「翠奈」呼びだなんてコミュ力おばけだなと思っていたけれど、プルマは今「テレビで観るようなキラキラした翠奈が見たい」と言った。


「わたしのこと知ってるの?」

「そりゃあ知ってるよー。だって普通にテレビで見かけるし。ダンスキレッキレで格好良くて、別の推し目当てでも翠奈はついつい注目して見ちゃうもん」


 淡い期待を胸に訊ねると、プルマは何でもないことのように頷いてくれた。

 嬉しい。嬉しくてたまらない。

 だけど、


「べ、別の推し……」


 何気ない一言がぐさりと突き刺さる。


「あ、ごめんね? あたし声優の推しが多くてさー。ほら、最近は声優も普通にテレビ出るじゃん?」


 声優だの推しだの、冷静に考えると「ここは本当に異世界なのか」と思ってしまう。だけど窓の外には「モッチョー」と鳴くモチモチドリがいて、右手の甲には六つの花弁になった紋章がある。


 ここは正真正銘エンターラだ。

 目の前に日本のサブカルに染まりまくったプルマがいる。ただそれだけのことなのだ。


「…………」

「あー、翠奈? もしかしてあたし、ぐいぐいしすぎちゃった? お姉様にもよく注意されるんだけどさ」


 笑顔の中に微かな苦みを混ぜながら、プルマは頭を掻く。


「いや、そうじゃなくて。本当にここはエンターラなんだなって思って」


 窓の外に広がるポネリアンの町を眺めながら、翠奈はぽつりと呟く。

 やっぱり街並み自体はヨーロッパの雰囲気に似ていた。だけどモチモチドリのようなモンスターがいたり、空を自由に飛び回るフェアリー族がいたり。かと思えば見慣れたライブハウスもある。


 翠奈の目に映るのは漫画で見たままの世界だ。

 ふと空を見上げると、アニメのオープニングで流れるようなタイトルロゴが浮かび上がってくるようだ。


(…………ん?)


 ――『アニメのオープニングで流れるようなタイトルロゴが浮かび上がってくるようだ』?


「あっ」



 これだ、と翠奈は思った。



 気付いてしまったのだ。

 翠奈は今、『何でも屋勇者のサブカルライフ』の世界を自由に動き回ることができるのだと。


「えっと、プルマちゃんだっけ」

「うん、そだよー。ちなみにあたし、翠奈より年上だよ。二十歳なの」

「え、あ、ごめん」


 てっきり年下だと思っていた翠奈は一瞬だけ動揺する。

 プルマが二十歳でコンキリオが二十二歳ということは、ミラも近い年齢ということなのだろうか。漫画の中では明らかになっていないため、聞いて良いものか悩んでしまう。


「あ、お姉様は二十三歳だよ?」


 と思ったらいとも簡単に明言されてしまった。

 想像通りの年齢ではあるものの、自分と五つも離れていると考えるとやはり大人の女性だと感じる。翠奈もプルマのように「お姉様」と呼ぶべきだろうか。


「って、そうじゃなくて」


 翠奈ははっとしてプルマを見る。

 すっかりプルマのペースに持っていかれそうになってしまったが、だいたい翠奈には時間がないのだ。

 エンターラで過ごすことができるのは残り六日。

 思い付いたことがあるのならさっさと動き出さなければいけない。


「プルマちゃん。エンターラにカメラは普及してる?」

「そりゃあしてるよー。デジタルカメラとかぁ、一眼レフカメラとか。動画を撮る人も多くてさ、ライブハウスでショートストーリーを上映したりもしてるよ」


 エンターラにカメラが広まっていることは『何でも屋勇者のサブカルライフ』で知っていたことだった。どうやら漫画通りにカメラは普及されているらしい。

 だったらいける、と翠奈は確信した。



「……じゃあ、さ。『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングをイメージした映像を撮りたいんだけど、良いかな?」

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