1-6 日常をエンタメに

「コンキリオ、急に呼び出してすまないね。紹介するよ。『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングテーマを担当する祝井翠奈ちゃんだ」

「えっ、あ……はい! 祝井翠奈です。よろしくお願いしますっ」


 頭が混乱状態のまま紹介されてしまい、翠奈は慌てて頭を下げる。

 どうやら「コンキリオ」というのが彼の名前のようだ。


「あのぉ、ミラ様……」

「ああ。もう察しているとは思うが、コンキリオは私の弟だ」

「っ!」

「ちなみに妹もいるぞ。彼女ともまた顔を合わせることになるだろう」

「……っ!」


 ――まさか、ここにきて原作通りじゃない展開が待っているとは思わなかった。


 ぐるぐると頭が回る。

 さっきからずっと「え」だとか「待って」だとか、無意味な言葉の羅列が頭を埋め尽くしていた。動揺のあまり語彙力の低下が著しく、表情も口をポカンと開けたアホ面になっていることだろう。


「祝井さん、初めまして。ミラの弟のコンキリオ・ラエトゥスです」


 ややあってコンキリオが口を開く。

 アイスシルバーのベリーショートの髪に、つり目だけど幼い印象もある顔付き。身長も男性にしては小柄な方で、服装は何故か黒パーカーにジーンズというエンターラには似つかわしくない恰好だった。容姿だけでは翠奈と同い年くらいに見える。


「…………あ、の」


 だけど翠奈は思った。

 この人は自分よりも年上で、もっと言えば二十二歳なのだと。

 だって、



「勘違いだったらごめんなさい。…………もしかして、紺藤こんどう桐生きりお先生……ですか?」



 ネットのインタビュー記事などで見たことがあるのだ。

 紺藤桐生。『何でも屋勇者のサブカルライフ』の原作者。

 流石に瞳はオッドアイではなかったが、それ以外の容姿が一致しすぎている。コンキリオという名前もまた、彼のペンネームである紺藤桐生を彷彿とさせる訳で……。


「あぁ、はい。その通りです。そっちの世界では漫画家の紺藤桐生として暮らしています」


 いとも簡単に答え合わせが済んでしまった。


「ほおぉ……」


 またもや語彙力が低下する。

 何とも言えない唸り声を上げながら、翠奈は思考を巡らせた。

 ラエトゥス家にはエンターラと異世界を行き来できる能力がある。だからコンキリオが日本で漫画家をしていること自体に違和感はなかった。


 つまり、『何でも屋勇者のサブカルライフ』はコンキリオ目線でミラ達の活躍を描いているということだろう。


(何だかんだ理解するの早いな、わたし)


 翠奈は一人苦笑する。

 しかし、原作者がエンターラ人だったというのはある意味一番納得できる真実なのかも知れない。「漫画の中の世界に転移しちゃいました!」と考えるよりはよほど現実的だ。

 いやまぁ、それでも驚きの連続なのには変わりないのだが。


「あ」

「ん、どうした? 気になることがあれば遠慮なく言ってくれて良いんだぞ」

「……眼鏡」

「え?」

「眼鏡です!」


 急にはっとなった翠奈は、反射的にコンキリオを見つめる。

 コンキリオが原作者ということは、つまりミラの魅力的な銀縁眼鏡を『何でも屋勇者のサブカルライフ』の中で一ミリも描かなかった張本人ということだ。


「あの、紺藤先生。どうして漫画の中のミラ様は眼鏡をかけていないんですか?」

「えっと……最初の質問がそれで大丈夫ですか?」


 大丈夫じゃないかも知れない。

 だけど翠奈の暴走は止められそうになかった。


「……わかっています、けど。でも、わたしは本物のミラ様に会って衝撃を受けてしまいました。だってポニテ眼鏡ですよ? そんな稀有で素晴らしい属性なのに、どうして漫画では描いてくれなかったのかな、と」


 言いながら、翠奈はちらりとミラを見つめる。

 アイスシルバーのポニーテールに銀縁眼鏡。やはりクールさと可愛さのバランスが絶妙であり、眼鏡があることによってミラの魅力が倍増していると思う。


「そこは僕も悩んだところだったんですよ。でも僕もたくさんのファンタジー作品に触れて、勇者=眼鏡キャラではないっていう印象を抱いてしまったんです。僕だって漫画家の紺藤桐生になる時はカラーコンタクトでオッドアイを隠します。それと同じような感覚だったんですよ」

「なるほど……。いや、その気持ちはもちろんわかります。でも勇者に眼鏡属性のイメージがないからこそ生まれるギャップもあると思うんです」

「……っ」


 コンキリオが感銘を受けたような顔をこちらに向けている――ような気がする。

 正直、初対面で何だこいつと呆れられると思っていた。翠奈だって頭の片隅には「単に眼鏡属性好きの女が暴走してるだけ」という言葉がちらついている。

 なのに、


「そうか。そういう考え方もあったんだね。ごめん、僕の頭が固かったみたいだよ」


 コンキリオは怒る素振りなど見せずへらりと笑ってみせた。しかも翠奈のオタクテンションに合わせてくれるように言葉遣いを砕けさせて。


(え、何……紺藤先生、天使なの……?)


 ミラ様の眼鏡属性を消すなんて、という翠奈の面倒臭い憤慨がさらさらと薄れていく。同時に強く感じるのは、やっぱりミラの弟なのだと感じる優しさだった。


「いや、あの、本当にすみません……。言い訳をさせてもらうと、ミラ様の弟さんが紺藤先生だったっていう事実が衝撃すぎて。ついどうでも良い感情に逃げてしまったんです」

「祝井さんが謝ることは何もないよ。僕だって姉さんに『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングテーマを歌う人が悩んでいるみたいなんだ、って言われた時は本当にビックリしたんだから」


 クールな印象があるつり目とは正反対の温かな笑み。

 コンキリオ・ラエトゥス。

 ミラの弟であり、『何でも屋勇者のサブカルライフ』の原作者。

 こんな偶然が存在するのかと思うくらい、翠奈の心は未だに高揚している。


「あの、ミラ様。紺藤先生。教えてもらっても良いですか。『何でも屋勇者のサブカルライフ』がどうやって生まれたのかを」


 翠奈の問いかけに二人は迷わず頷いてくれた。

 僕の口から話させて欲しい、とコンキリオが口を開く。



 コンキリオは昔から絵を描くのが好きだった。

 彼も十五歳の時に勇者の子孫としての能力を授かり、初めはミラの何でも屋勇者を手伝うつもりでいたらしい。しかし、漫画の存在を知ってからコンキリオの人生がガラリと変わった。

 やがて、コンキリオの中に一つの夢が芽生える。



 ――エンターラの日常を、エンターテイメントとして異世界に届けたい。



 コンキリオは漫画からたくさんの夢や希望をもらった。

 だから今度は自分の番だ。漫画と言う名のエンターテイメントとして、エンターラでの日々を届けること。これがコンキリオにできる日本への恩返しだと思った。


 それから一年かけて紺藤桐生として生きる準備をし、日本の東京で一人暮らしを始める。ファミレスでアルバイトをしながら日本の常識を学び、半年後に週刊トリップファンタジーの新人賞に『何でも屋勇者のサブカルライフ』を応募。見事大賞を受賞し、漫画家デビューを果たした。


 ……というのが、エンターラ人のコンキリオが漫画家になるまでの経緯なのだという。


「そんな『何でも屋勇者のサブカルライフ』がアニメ化するのは、僕の……いや、ラエトゥス家にとっての夢だったんだ。だから、オープニングテーマを歌う祝井さんにこうして出会えたのも大きな奇跡だって思ってるんだよ」


 言って、コンキリオは八重歯を覗かせながら笑う。

 瞬間、翠奈は嫌だなぁと思った。

 今までアニメタイアップのなかったアイドルが主題歌を担当することに対する不安だとか。ファンが求めるアニソンのハードルは年々上がっているだとか。批判されたらどうしようだとか。大好きな作品の作詞なんかできるのかとか。


 結局のところ、翠奈の中に渦巻いていたネガティブな気持ちは自分の心の弱さなのだ。挑戦したいものが目の前にあっても一歩を踏み出せなくて、様々な理由をつけて逃げ出そうとしてしまう。


 だけどミラが手を差し伸べてくれた。

 コンキリオがまっすぐな笑顔を向けてくれた。

 ただそれだけで、自分の瞳も希望色へと染まっていく。


「私は日本のサブカルチャーには感謝しているんだ。だからアニメ化も成功させたいと思っているし、オープニングテーマも素敵なものにしたい。……と言ったら、ますますプレッシャーに感じてしまうかな?」


 ほんの少しだけ眉根を寄せながら、ミラは翠奈に訊ねてくる。

 確かにとんでもなく大きなプレッシャーだ。

 だけどここにはミラがいて、コンキリオがいて、まだまだ知らないことだらけのエンターラがある。

 だから翠奈は迷わず首を横に振った。


「翠奈ちゃん。この世界の知りたいこと、行きたい場所、何でも言って欲しい。私達は全力で翠奈ちゃんをサポートするよ」

「僕も原作者として力になれることもあると思うから。遠慮なく頼ってくれて良いからね」


 ミラとコンキリオの表情は相変わらず温かくて。

 自分も同じような顔になっていたら良いな、と翠奈は思った。

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