1-5 原作通りじゃない部分
「そ、その。翠奈ちゃん。悪いんだけど、な」
「え? あ、あぁ……そういうことですか」
何故か急にぎこちない態度になったミラに、翠奈は一瞬だけ不思議に思って首を傾げる。しかしすぐにその意図に気付くことができた。
ミラはきっと、エンターラに広めた音楽の中に「祝井翠奈」の楽曲はなくて申し訳なく思っているのだろう。
だったら気にすることないのに、と翠奈は思う。
だって翠奈はまだデビュー四年目のアイドルだ。それなりに知名度があるとはいえ、地上波の番組に出ずっぱりというほどの大人気アイドルという訳ではない。
日本の音楽として異世界に広めるなら、もっと相応しいアーティストが山ほどいるのもわかっている。
「わたし、音楽が好きなんですよ。……といっても、わたしの趣味には偏りがあってほとんどアニメソングとかアイドルソングですけど。でも、そういう大好きな音楽が異世界にも届いているのが嬉しくて……。だから『ありがとうございます』なんです」
言って、翠奈は照れを隠すように頬を掻く。
そんな翠奈の顔を、ミラは真面目な表情でまじまじと見つめていた。そっと鼓動が速まるのは、いつも通りミラの顔が近いからだろう。
と、思っていたのだが。
「翠奈ちゃん。君は『何でも屋勇者のサブカルライフ』のための音楽を作ってくれるんだよね?」
ドクリ、と鼓動が跳ねる。
大好きな音楽と大好きな作品。その二つを繋ぎ合わせることが自分にできるのかと問われたら、やはり不安な気持ちに襲われてしまう。
だけど翠奈は知ってしまった。
翠奈の大好きなもの達を受け取って、愛してくれているエンターラ人の存在を。
嬉しくて弾む心もまた、自分の中にある真実だから。
「はい」
ミラのオッドアイを見つめながら、力強く頷く。
するとミラはニヤリと笑った。まるで新しいサブカルに触れている時のような楽しげな笑みだった。
「行こうか、翠奈ちゃん」
「あ、はい。次はどこを案内してくれるんですか?」
「……いや、そろそろ教えようかと思ってね。この世界と『何でも屋勇者のサブカルライフ』の関係性を」
「っ!」
また一つ、胸が高鳴る。
確かに翠奈は少しだけエンターラのことを知ることができた。だけど翠奈の目的は『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングテーマを作ることだ。
漫画との関係性を知らなければ、始まるものも始まらない。
「心の準備は良いかい?」
ミラの問いかけに自然と頷き返す。
怖いという気持ちの中には、確かな好奇心が混ざり合っていた。
***
「翠奈ちゃんに紹介したい人がいるんだ」
と言うミラに連れられたのは、ポネリアンの中でも一際大きなお城だった。
多分、魔法学校や図書館よりも大きいのではないだろうか? ネオゴシック様式の美しい外観は今まで見たどの建物よりも高貴な印象があった。
ラエトゥス邸。
つまるところ、ミラが暮らすお屋敷だ。
当たり前のように立派な庭園があって、クラシカルな衣装に身を包むメイドさんがいて、
「あの、ミラ様。流石にちょっと服装を変えたいなーなんて思うんですけど」
会わせたい人がいるという客間に辿り着く前に、翠奈はおずおずと手を上げる。
今の翠奈の恰好はグレーのスウェットワンピースという完全なる部屋着スタイルだった。さっきまでは「パジャマよりはマシだから!」と自分の服装に目を瞑ってきた……のだが。アイドルとしてというよりも人として、このままではいけないと心が騒いだのだ。
「あぁ、気付かなくてすまないな。服には無頓着だからなぁ……。翠奈ちゃんにピッタリな衣装があるから、ぜひとも着て欲しい」
「え、良いんですか?」
「もちろんだとも」
胸を張るミラに、翠奈は「ありがとうございます」とお辞儀をする。
同時に、ひっそりと「服には無頓着」という部分に納得していた。
確かにミラは『何でも屋勇者のサブカルライフ』の中でもずっと鎧姿だ。もっと可愛らしい姿も見てみたい気もするが、絶対領域様(たくましい)が見られる鎧のデザインが素晴らしいのもまた事実。
(大丈夫だよミラ様。どうかあなたはそのままでいて)
温かい目でミラを見つめながらも、翠奈はミラの言葉に甘えさせてもらうことにした。
黒いゴシックロリータなワンピース。
それが、ミラから手渡された衣装だった。仕事でもプライベートでもゴスロリ系を好んで着ている翠奈にとっては驚きのチョイスである。
(そりゃあ異世界だもんなぁ……。ゴシック系なのがむしろ普通なのかも)
そう思うと、エンターラという世界は翠奈にとってパラダイスだなと感じる。
周りの目を気にせずにゴスロリやらコスプレやらを楽しめるだなんて、考えるだけで心が躍ってしまう。
「翠奈ちゃん? もしかしてサイズが合っていなかったり……」
「あっ、いやいや。それは大丈夫です。ええっとぉ……わたしに紹介したい人がいるんですよね? だからちょっと緊張しちゃって」
ゴスロリパラダイスな妄想をしていたら心が躍ってしまった、なんて当然言えるはずもない。サイズ的な問題も本当は少しだけあって、胸元が苦しかったりもする。しかしこれがミラの服だとしたら微妙な空気が流れてしまうかも知れない。
翠奈は誤魔化すように大袈裟な深呼吸をして、緊張する素振りを見せた。
「そうだな。ここから先、翠奈ちゃんにとっては驚きの事実が待っていると思う。困ったら私を頼ってくれれば良いから、安心して欲しい」
「は、はい。ありがとうございます」
頷きながらも翠奈は思う。
(え、これ以上驚きの事実があるの?)
……と。
確かにこの世界と『何でも屋勇者のサブカルライフ』との関係性は気になる。でも、翠奈はすでにたくさんのファンタジーを経験してきたのだ。
ちょっとやそっとのことでは驚かない自信はついてきた――はずなのに。
「…………へっ?」
客間に足を踏み入れるや否や、翠奈は素っ頓狂な声を上げてしまう。
相変わらず高級感が漂っているが、ヴィクトリアンフロアタイルが印象的な客間は今までとは違って可愛らしい雰囲気がある。
部屋もだだっ広い訳ではなくこぢんまりとしていて、まるでこれからアフタヌーンティーでも嗜むようなおしゃれな空間だった。
(……現実逃避はやめよう)
特筆すべきは客間の内装ではない。
確かにおしゃれで可愛い空間が目の前に現れたらいちいち興奮してしまうものだが、今はそれどころではないのだ。
ミラが言うところの『紹介したい人』がソファーに座っている。
アイスシルバーの髪で、ルビーレッドとターコイズブルーの瞳が特徴的な少年だった。
(もしかして、ミラ様の弟さん……?)
似てるな、と直感的に思ってしまう。
とはいえ髪と瞳の色だけの話だ。まだミラの血縁者だと決まった訳ではない。だけどどうしても衝撃を受けてしまうのだ。
だってミラは――漫画の中では一人っ子のはずなのだから。
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