1-4 天然たらし
次に紹介されたのは図書館だ。
数多あるファンタジー作品にも本は存在していて、図書館も特段違和感を覚えることはない。巨大なお城のようなレンガ調の外観は見ているだけでわくわくしてくるし、建物の中を探検するだけで一日が終わってしまいそうだ。
「わぁ」
ロビーに足を踏み入れた途端に、翠奈は感嘆の声を上げる。
そこには高さ十メートル以上ある本棚に囲まれた圧巻の光景が広がっていた。
もちろん階段もあるが、浮遊の魔法を使える者は直接目当ての本棚まで飛んでいる。「おしゃれだなぁ」という感想の中に紛れ込む微かな非現実感に、翠奈は確かな高揚感を覚える。
だけど翠奈は知っている。
ここはサブカルの影響を受けまくった図書館なのだと。
「そっちが少年漫画で、あの辺が少女漫画だな。ライトノベルや一般文芸はもう少し離れた場所にある。小説は日本語に慣れてきたエンターラ人が読むものだからな。日本語を覚えるにはやはり漫画の方が入りやすいし、数としては漫画が圧倒的なんだ」
「…………」
わかっていた。
わかってはいたはずなのに、いざ本棚に自分が良く知る漫画のタイトルが並んでいるのを見ると不思議な気持ちで溢れてしまう。
本当にここは異世界なのか。という疑問よりも、本当にここは『何でも屋勇者のサブカルライフ』の世界なのだと再認識してしまったのだ。
「人気なんですね。日本の漫画」
「ああ、大人気だぞ。翠奈ちゃんも知っているのだろう? エンターラで漫画が解禁された時の盛り上がりを」
「それはまぁ……そうですけど。実際目の当たりにするとやっぱり変な感じっていうか」
いかにもファンタジー感に溢れる壮大な図書館に、翠奈が見慣れた漫画やライトノベル。やはりどう考えてもアンバランスで脳がバグってしまいそうだ。
ちなみに、『何でも屋勇者のサブカルライフ』には度々「サブカル解禁回」がある。ミラが異世界から持ってきたサブカルチャーをエンターラ人に紹介し、反応によってはエンターラの文化にしてしまうというものだ。
その初回が漫画解禁で、それはもうお祭り騒ぎだった覚えがある。
尚、アニメは翠奈の知る限りまだ解禁されていない。ただ、漫画きっかけで「そういうものがある」という知識があるエンターラ人は多いらしく、読者である翠奈も含めてアニメの解禁はまだかとうずうずしているところだ。
「翠奈ちゃんは冷静だな。自分の国の文化なのだからもっと誇っても良いんだぞ」
「いや、わたしはあくまでアイドルなので。アニメに関わるのも今回が初めてだし……。色々と、不安で」
ついつい視線を逸らしながら翠奈は本音を零す。
「あ、いや、その」
またもやネガティブモードがこんにちはしてしまった。
翠奈は焦り、口をもごもごさせる。すると何故かミラは嬉しそうに表情を輝かせた。ルビーレッドとターコイズブルーの瞳が眩しい。
「そうか、翠奈ちゃんはアイドルだったな。確かに可愛いはずだ」
「へっ? いや何ですか急に口説かないでもらえます?」
「ん、本心を言ったまでだぞ」
「ひえぇやめてぇ」
顔が熱い。
そういえばこの人は天然たらしなのだった。無意識に照れさせるようなことを言い放ち、相手の頬が赤らんでいることには気付かない。
天下無敵の天然たらし系勇者様。
それがミラ・ラエトゥスという女性なのである。
「翠奈ちゃん、両手で隠しては可愛い顔が見えないじゃないか。ほら、私に見せてごらん?」
「やめてください心臓が飛び出てしまいます」
「ふふっ、冗談だよ」
言って、ミラは翠奈の頭に手を置く。
(あれ、天然……なんだよね。それともまさかの計算……?)
ふるふると心が震える。
果たして、ミラの言動は天然なのか計算なのか。謎は深まるばかりだが、同時に強く思うことがある。
(いや、どっちもいけるな)
翠奈は心の中で深く頷いていた。
次に向かう場所はアイドルにまつわる場所だよ、とミラから言われていた。
つまりはあそこだ、という目星はすでについている。ある意味図書館以上にファンタジー世界とは釣り合わない場所だろう。
だけど確かに存在していたのだ。
――ライブハウスが。
「わー……わぁー」
思わずアホみたいな声が零れ落ちる。
箱だ、と真っ先に思った。翠奈もよくワンマンライブを行う、あまりにも見慣れた光景が広がっている。
見たところキャパシティは二千人ほどだろうか?
一階はスタンディングで、二階は座席が並んでいる。音響装置や照明装置もちゃんと備え付けられていて、ロッカーやドリンクカウンターまで揃っていた。どうやら入場時に一杯分のドリンク代を徴収する「ワンドリンク制」も採用しているようだ。
「凄いだろう?」
ミラが得意げな顔で腕組みをしている。
うきうきとしたミラを目の前にして「あまりにもそのまますぎて混乱します」なんて言えるはずもなく、翠奈は必死に笑顔を作った。
「はい、凄いです」
「……翠奈ちゃん。目が半開きになっているが」
「はっ」
くわっと目を見開く。
アイドルであるはずの自分がいとも簡単に半眼状態を晒してしまうなんて、よほど脳がバグっているということだろうか。
翠奈は誤魔化すのを諦め、はははと力なく笑う。
「すみません。やっぱりファンタジーなことと現実的なことがどっちもあるのがちょっと……混乱してしまって。でも、エンターラに音楽が根付いてるんだなって思うと嬉しくなります」
零れ落ちた言葉はただの弱音ではなく噓偽りない本音だった。
漫画が解禁されたように、『何でも屋勇者のサブカルライフ』では音楽も解禁されている。エンターラには元々、吟遊詩人という職業があった。各地を旅して歌を届ける存在で、エンターラにとっての音楽はそれくらいなものだったのだ。
「音楽自体に触れたことのなかったエンターラ人も多かったからな。日本のミュージシャンやアイドルの楽曲は衝撃だったそうだよ。実際、私もこんなに色とりどりな音楽の世界があったのかと驚いたからね」
「……ありがとうございます」
ぽつりと零れた声が胸に溶け込んでいく。
嬉しい、と素直に思った。自分が無我夢中で走った道が、誰かにとっての道しるべになることもある。しかも異世界人の心にまで届けることができたなんて。
アイドルの祝井翠奈として、こんなにも嬉しいことはないなと思った。
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