2-7 翠奈にとってのアニソン

「それで、ミラ様はアニソンについて知りたいんですよね?」

「……そうだ」

「あれ、もしかして照れてます?」

「仕方がないだろう。私だって照れる時は照れる。…………それくらい、君の言葉が嬉しかったんだ」

「そう、ですか」


 ぶわりと、心に強い風が吹く。

 ミラの言葉に上手く反応できなくて、視線があっちこっちに動いてしまった。恥ずかしいと感じてしまうのは、きっと自分も嬉しい気持ちを抱いているからだろう。


「んんっ」


 わざとらしく咳払いをしてから、翠奈はミラのオッドアイを見つめる。

 あくまでわたしにとってのアニソンですよ、と前置きをしてから翠奈は語り始めた。



 祝井翠奈は、小学一年生の時からキッズダンサーとして忙しない日々を送っていた。

 小さな頃から実力のあるライバルに囲まれて育ったからか、「自分なんて」というネガティブ思考が当たり前になっていて……。

 そんな時に翠奈の力になってくれたのがアニメやアニソンだった。


 アニソンは勇気や元気を与えてくれる前向きな歌詞が多くて、曲単体でも背中を押してくれる。でも、決してそれだけではなくて。アニメの世界観や登場人物に寄り添った楽曲だからこそ、聴いているとアニメの映像までもが頭の中に再生されるのだ。


 彼が仲間のために戦っているから、私も自分に負けずに頑張ってみよう。

 彼女が大きな一歩を踏み出したから、私も勇気を出してみよう。

 ラブコメや日常もののアニメだって、思い出してニコニコしたり癒されたり心が躍ったり。聴くだけで楽しい気分に包まれる。


 アニメとアニソンが隣り合う存在だからこそ生まれるエンターテイメントがあって、翠奈はそのエンターテイメントに何度も助けられているのだ。

 自分はネガティブ人間だけど、そのネガティブを振り払える瞬間はある。

 アニメとアニソンのおかげで、翠奈は「ステージ上では自分もエンターテイメントの一つになれるように頑張ろう」と思うようになった。


「って言うのが、わたしにとってのアニソンですかね」


 改めて語るのは何だか気恥ずかしくて、翠奈は頬を掻く。


「翠奈ちゃんにとって、アニソンはとても大きなものなんだな」

「ですね。わたしはアイドルですけど、いつかアニメの主題歌を担当できるチャンスが来ると良いな、とは思っていたので。……まぁ、いざ話を舞い込んだらネガティブが爆発した訳ですけど」


 はは、と翠奈は苦い笑みを零す。

 何度もアニソンに助けられたとか言いながら、根っこの部分は何も変わっていなくて。果たして自分の言葉に説得力はあるのか? なんて思ってしまう。

 でも、


「本当に翠奈ちゃんはそう思っているのか?」


 大袈裟に肩をすくめるミラに、翠奈の浮かべる笑みの苦い部分が一気に消え失せてしまった。


「……わたしも、少しは変わりましたかね?」

「少なくとも今の翠奈ちゃんに『無理』の文字は見当たらないな。むしろ楽しんでアニソン制作に取り組んでいるように見えるぞ」

「だと良いんですけど」


 嬉しい、と素直に思った。

 ネガティブ思考は変えられない。だけど、少なくとも『何でも屋勇者のサブカルライフ』に関わるネガティブは吹き飛ばせているような気がする。

 だから素直に喜ぶべきなのに。


「翠奈ちゃん?」


 ミラが不思議そうにこちらを見つめている。

 理由はきっと、さっきから翠奈の表情が不安定なせいだろう。嬉しいのに、何故か切ない気持ちも混ざってしまって上手く笑えない。


「いや、その。本当に夢のようだなって思ってしまって」


 小さく呟き、翠奈は手の甲の紋章に視線を向ける。

 今は六つある花弁が、夜が明ければ五つになってしまう。そんな当たり前の事実に胸がちくりと痛んで、翠奈はぎこちない笑みを浮かべた。


「ミラ様も、エンターラも……皆。わたしには凄く優しくて、温かくて。いつかこの夢にも終わりが来るんだなぁって思ったら、少し寂しくなっちゃいました。……って、いくら何でも早すぎですよね」


 まだこんなにあるのに、と翠奈はミラに花の紋章を見せつける。

 すると何故だろう。ミラの表情が急激に陰ったように気がした。


「そう、だな」


 てっきり、ミラのことだから「寂しさを吹き飛ばすくらい楽しもう」とかポジティブなことを言ってくれると思っていた。

 だけどミラは今、目を伏せながら弱々しい声を漏らしている。


(ミラ様……)


 翠奈は息を呑む。

 気付いてしまったのだ。ミラは翠奈のような異世界人との別れを何度も経験している。誰よりも異世界人との交流を大切にして、異世界の文化を愛するのがミラ・ラエトゥスという女性だ。『何でも屋勇者のサブカルライフ』でのミラは、必ずと言って良いほど別れのシーンで涙を流していた。

 きっと実際のミラも同じなのだろうと翠奈は思う。



 自分に何ができるかなんてわからないけれど。

 だいたい、作詞もまだイメージが膨らんだくらいだけれど。

 なのに何を考えているんだという話だけれど。


(わたしも、ミラ様に何かを返したいな)


 微かに滲んだ思惑が、浮かびかけた寂しさを覆い隠す。


 ――「寂しさを吹き飛ばすくらい楽しもう」。


 ミラに言って欲しかったそのセリフは、もしかしたら自分からミラに伝えられるメッセージなのかも知れない。


(……やってみるか)


 翠奈はうっすらと笑みを浮かべる。



 ここから先は、アイドルとしての祝井翠奈の出番だ。

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