2-6 ミラの好きなところ

「本当に良いんですか? ミラ様に奢ってもらうなんて」

「そうしないと転移者は食事ができないだろう?」

「それはそうですけど……。あの、ミラ様。現実の時間は止まってるじゃないですか。それってこっちでの食事は意味がないってことですか?」

「いや、そんなことはないぞ。向こうの時間は止まっているが、翠奈ちゃんはこうしてエンターラで生きているからな。むしろ食べないとまずい。……まぁ」


 口元に人差し指を当てながら、ミラはいたずらっぽく微笑む。


「エンターラでの食事を楽しみすぎてしまうとその分太ってしまうけどね」

「う……な、なるほど」


 翠奈はすぐさま渋い顔をする。

 太る、というワードはアイドルにとって禁句のようなものだ。


「待たせたな。『イノポコのステーキ』と『モチモチドリのオセロスープ』だ。パンはおかわり自由だから遠慮なく言ってくれ」


 しかもこのタイミングで料理が運ばれてきてしまった。

 食べ過ぎないようにしなきゃ、という覚悟がみるみるうちにしぼんでいく。慣れない異世界の料理ではあるが、ステーキの芳醇な香りは万国共通のようだ。


(それにしても、イノポコとモチモチドリかぁ……)


 募る食欲の中に苦い気持ちが紛れ込む。

 イノポコとモチモチドリ。あまりにもタイムリーなラインナップである。

 果樹園を荒らしていたイノポコならまだしも、モチモチドリの「モッチョー」という個性的な鳴き声と丸々として可愛らしい姿が脳裏を過ってしまう。


「『オセロスープ』っていうのは……?」

「白と黒のモチモチドリのスープってことだな。シロモチは貴重だし、その……まぁ、何だ。肌にも良いらしいからな。…………じゃ、俺は忙しいから。ゆっくり食べてくれ」


 そそくさと厨房へ去っていくルーベルを見送ってから、翠奈は覚悟を決めて「いただきます」と手を合わす。


「あ、美味しい……」


 俗に言うジビエ料理を食べたことがなかった翠奈だが、イノポコもモチモチドリも思ったより癖はなかった。


「良かった。口に合ったみたいだな」

「はい。わたしも出会ったモンスターだったので少し胸は痛みますけど。でも、それはわたしの世界でも同じことなので」

「そうだな。エンターラでも『いただきます』と『ごちそうさま』は昔からある文化なんだよ。モンスターや動物に対する思いは変わらないものだな」

「ですね」


 頷き、翠奈はナイフとフォークを動かす。

 ちなみにスープはスプーンを使い、流石に箸は用意されていないようだ。


「日本料理店になら箸はあるぞ。漫画きっかけで何店舗もあるんだ。私は『おにぎり屋』がお気に入りだな」

「何と言うか、カオスな町ですね」

「だろう? ポネリアンは私の大好きな町なんだ」


 ミラが得意げに胸を張る。

 清々しくも温かい笑顔に、翠奈も自然と笑みを零していた。



「翠奈ちゃん」


 しばらく無言で食事をしていると、不意にミラが翠奈の名前を呼んだ。

 心なしか真剣な表情をしているような気がして、翠奈は首を傾げる。


「その、少し恥ずかしい話なのだが……。アニソンとはどういうものなのか、翠奈ちゃんに教えてもらいたいんだ」

「へっ?」


 予想外の問いかけに、翠奈は素っ頓狂な声を上げる。


「あぁいや、違うんだ。もちろんアニソン自体は知っているし、アニメとともにいくつかのアニソンには触れている。アニメの世界観を歌で伝える、素晴らしいものだと思っているよ」

「すっごい理解してるじゃないですか」

「……いや、私は広く浅いんだよ。好きだと感じるサブカルが多すぎて、一つものにのめり込めている訳ではないんだ。コンキリオやプルマと違ってね」


 目を伏せながら告げるミラの言葉に、翠奈は少しだけ納得してしまう。

 コンキリオは日本で漫画家デビューするほど漫画に惹かれているし、紺藤桐生としてのSNSにはゲームを満喫する彼の姿も確認されている。プルマも推しのリリースイベントに参加するくらいの声優ファンだ。


 だけどミラには、そういう特定の「好き」が存在していないようにも見える。

 ……と、思っていたのだが。


「あっ、でもミラ様の部屋には少女漫画や乙女ゲームがたくさんあったじゃないですか」


 そういえば、と翠奈は思い出す。

 少女漫画に、溺愛ものや悪役令嬢もののライトノベルに、乙女ゲー。ミラはそれらを『私の趣味』と漏らしていたことを。


「確かに好きではあるが、女性向けコンテンツにも様々なジャンルがあるだろう? それに、前にも言ったが自分が女らしくなりたくて触れている文化でもあるんだ」

「そう、なんですか……? ミラ様はそのままでも可愛いし、女性として魅力的だと思いますけど」

「かっ、可愛いとか……簡単に言うな」


 ――いや、その反応が可愛いんですが。


 一瞬で赤らんでいくミラの頬を見て、翠奈の頬もまた一瞬で緩んでいく。

 どうやらミラは、人には歯の浮くようなセリフを吐く癖に自分が褒められることには慣れていないらしい。


「大丈夫ですよ、ミラ様」


 翠奈はミラに優しく微笑みかける。

 確かにミラはたくましくて頼れる性格をしているし、「可愛い」よりも「格好良い」の方が前に出てしまう女性なのかも知れない。

 だけどいざ可愛いと言われたら照れてしまう。

 そんなミラのことが翠奈は大好きだと思った。



「ミラ様は異世界の……特に日本のエンターテイメントが大好きなんですよね。自分の知らなかった『楽しい』を知ることが好きで、それをエンターラの人達に広めるのも好き。それがミラ・ラエトゥスという人なんだって、わたしは思うんです」



 心の中でずっと不安定に揺らめいていた気持ちが、チカチカと光り始める。



 ――あぁそうか。わたしはずっと、ミラ様のこういうところに魅力を感じていたのか、と。



 言葉にしてみることで、ミラに抱いていた本当の想いに気が付く。

 格好良いだとか、心優しいだとか、自分より他人を優先してしまうお人好しだとか。元々抱いていたミラへの気持ちだって、彼女の中で輝く魅力だ。

 だけどたった今、翠奈はミラのことがますます好きになってしまった。

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