5-8 希望の光

 結局、答えなんてわからない。

 誰かの心に届いたかどうか、なんて。直接本人に聞かない限りはわからない。

 だけど――変わらないな、とははっきりと思った。


 映画のエンドロールが終わった瞬間と、翠奈達が歌い終わった瞬間。

 ついついタイムリープしたのかな? と思ってしまうくらい、客席の光景に変化がないのだ。温かい拍手も、潤んだ瞳も、全部。『その丘のてっぺんで君の花が咲く』の余韻を残してくれているようで、翠奈は気付けば俯いてしまう。


「翠奈?」


 真っ先に声をかけてきたのはプルマだった。

 まるで「ステージ上なのにどうしたの」という焦りと心配が混ざったような声。翠奈は慌てて「ごめん」と漏らし、何でもないように手をひらひらとさせた。


「嬉しくて、つい」

「もー。泣くのはまだ早いよ? だってこのあと……」

「プ、プルマちゃん、しーっ。それは一応シークレットだからっ」

「あれ、そうだっけ?」


 てへっと舌を出してプルマはおどけた表情をしてみせる。

 今日のイベントは『その丘のてっぺんで君の花が咲く』の上映会&ミニライブという名目だ。翠奈、ポエッタ、プルマの三人が主題歌をカバーすることは事前に告知されている。

 しかし、その後に翠奈が『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングテーマを披露することは伝えられていない。しかもアニメ化するという事実すらエンターラの皆は知らないレベルだ。盛大なサプライズであり、翠奈も皆の反応が楽しみだと思っている。


「えーっと、改めまして! 異世界でアイドルをやってます、祝井翠奈です。もしかしたら、この間のライブに来てくれた人もいるのかな?」


 誤魔化すように問いかけると、会場にいるほとんどの人がミントグリーン色のペンライトで応えてくれた。思わず「おぉ」と感嘆の声を漏らすと、プルマがわかりやすくジト目を向けてくる。


「やっぱり翠奈の人気凄いなー」

「いやいや、プルマちゃんだってラエトゥス家の人間でしょ」

「えー。でもあたしはお姉様やお兄様より影が薄いからなー」


 ぶつぶつと自虐的な言葉を口にしながらも、プルマはやがて諦めたように一歩前に出る。


「あたしは主にクリエス人と関わりが深いから、知らないって人も多いだろうけど……。あたしはプルマ・ラエトゥス。よ、よろしくー」


 意外と注目されることには慣れていないのか、プルマは視線をあっちこっちに動かしている。きっと客席をまともに見ることすらできていないのだろう。

 このままではいけない。……と思ったのはポエッタも同じだったようで。

 わざわざプルマに近寄り、つんつんと肩をつついていた。


「プルマ、様。前……ちゃんと見る、です」

「え? いやいや大丈夫だってポエッタ。あたし、緊張なんて全然……」


 してないから、と。

 本当は強がりな言葉を口にしたかったのだろう。

 だけど、プルマは動きを止めてしまった。彼女にとってそれは、あまりにも想像とかけ離れた光景だったのかも知れない。


 さっきまでミントグリーンに染まっていたペンライトはピンク色に変わり、しかも一部の観客はピンク色の法被を羽織っていた。「プルマちゃーん」と叫ぶ彼らの姿はまるで親衛隊のようで、翠奈は驚いてしまう。


「プルマちゃんも凄いじゃん。あんなに熱心なファンが……」

「違う」

「……へっ?」

「あの子達、あたしが関わったクリエス人なの」


 微かな声で囁きながら、プルマは表情を隠すように俯く。

 ついさっき「泣くのは早いよ?」と言っていたはずのプルマが肩を震わせていて、翠奈はポエッタとともにはっとする。

 翠奈が背中をさすり、ポエッタが両手を握り締めると、プルマはようやく涙に濡れた顔を晒してくれた。


「クリエス人の皆はね、あたしにとってもう一つの家族みたいなものなの。あたしがオタクだってことも、アイドルみたいなキラキラしたステージに憧れてることも、知っててくれてて。だからちょっと、嬉しすぎちゃった」


 あはは、とわざとらしく笑いながら、プルマは目元を拭う。

 それからポエッタの背中を押して、ニヤリと笑ってみせる。


「っていうかあたしが泣いちゃ駄目じゃん。旅立つのは翠奈とポエッタなんだから。ほら、ポエッタも何か言わなきゃ」

「うぃ。……本当にもう、だいじょぶ、ですか?」

「ん、大丈夫。会場の皆も、水色に変えてもらって良いからね」


 苦笑しながらプルマが言い放つと、会場は遠慮がちにぽつりぽつりと水色に染まっていく。

 最後はポエッタの番だ。

 正直、今でも転生という道を選んだポエッタには驚いている。翠奈と出会って、アイドルに興味を持って、一歩前に進む。それだけでも充分凄いことなのに、彼女はビックリするほどに高い空を見つめていた。


 ――私、本……大好きです。魔法……上手くできない、時……たくさんの物語、救ってくれました。本の世界、私の憧れ……です。


 転生する道を選んだ時の彼女の言葉がよみがえる。

 まっすぐな視線と、好きなものを見つけた瞬間から止まらない笑顔。

 そんな彼女の姿に、自分はどれだけ勇気付けられてきただろう。


「ポエッタ・ロココ、です。ポネリアン魔法学校に通っていました。この中に……お世話になった先生、います。クラスメイトも、います。私、魔法……駄目駄目でした。皆さんに迷惑、たくさんでした。……ホント、は…………辛い、思ってました。生き方すら、わからなかった……です」


 ゆらり、と。

 ずっと頼もしかったはずのポエッタの姿が揺らぐ。

 ポエッタが弱音を吐く姿は随分と久しぶりに見る気がした。心配になって彼女の手を握ろうとする――ものの、何故か首を横に振られてしまう。


「そんな私を救ってくれたのは、スイナさんでした。希望の光が見えて、私もアイドルになりたいと思いました。……そんな時、ミラ様が私を見つけてくれました」


 いつもよりもハキハキとした口調でポエッタは言い放つ。

 救われたのはわたしの方なのに、と翠奈は思った。だけど同時に、希望の光だと表現してくれたのもまた嬉しくて。

 一瞬だけ芽生えかけた心配が、一気に形を変えていく。


「私、スイナさんのいる異世界でアイドルになります!」


 ポエッタが宣言するとともに、会場は熱狂的な拍手に包まれる。

 何故だろう。あまりにもポエッタの姿が格好良いからか、目頭が熱くなってきた。


(……って、違うか)


 本当はわかっている。

 何故だろうとすっとぼけたくなるのは、ここで泣きたくないからだ。でも、どうしても嬉しい気持ちで溢れてしまう。

 大好きなエンタメに触れることで、こんなにも人の心を救うことができる。

 シンプルで単純なその事実が、翠奈を温かさで満たしていた。

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