4-3 空中旅行

 唐突にお姫様抱っこをしてきたのだ。

 翠奈よりも小柄なはずのポエッタにひょいと抱えられてしまい、驚きと恥ずかしさが同時に押し寄せてくる。


「おわわわわ……ロ、ロコちゃん! いやっ、その、わたしも太ってる訳ではないんだけど、平均的な重さはあるっていうかねっ?」

「だいじょぶです。体力、自信あります!」

「いやいやいや、ロコちゃんが良くてもわたしが恥ずかしいっていうか……。ほら、もう泣き止んでるから大丈夫だよ?」


 ね? と翠奈は小首を傾げてみせる。

 少々あざとい気はするが、上目遣い+首を傾げる仕草の破壊力は抜群なはずだ。きっとポエッタも素直にお姫様抱っこから解放してくれることだろう。


「そですか。……でも、これは…………わたしがしたい、思ったこと……です」

「ほぁ、あ……そ、そうなんだ」


 おかしい。

 こっちがあざといポーズをしたはずなのに、逆に翠奈が照れてしまっている。

 何故だろう。アイドルとして負けたような気分になって、妙な闘争心が湧き出てくる。


「だ、だったら……もうちょっとだけぎゅっとしてても良いよ?」


 翠奈は完全に変なテンションになってしまっていた。

 今までの人生か、エンターラか。どちらかが現実になって、どちらかがエンターテイメントになる。そんな究極の選択を迫られて現実逃避をしているのかも知れない。


(あぁ、弱いなぁ……わたし)


 二人にバレないように、そっと下唇を噛む。

 すると、


「ありがと、ございます」


 か細い声でお礼の言葉を呟いたかと思いきや、ポエッタは不意に視線をミラに向ける。


「あの、ミラ……様。少し、スイナさん……借りる。良いです、か……?」

「ん、もちろん構わないよ。翠奈ちゃんもポエッタちゃんも、すぐに答えを決められるものじゃないからね。また明日にでもじっくり話そう」

「……はい」


 ポエッタが頷くのと同時に、翠奈も頷いてみせる。

 答えを出すのはまた明日、というのは正直助かる言葉だった。こうしてミラやポエッタといることで答えが見つかることもあるかも知れないが、一度一人になってたくさん悩んでおきたい。きっと、どちらを選んでも後悔は残ると思うから。


「それでロコちゃん、わたしを借りたいっていうのはいったいどういう……」

「スイナ、さん。しっかり掴まる、ください!」

「ふえっ?」


 翠奈のアホみたいな声とともに、ポエッタが地面を蹴る。

 そのまま、図書室の窓に向かって飛び出していった。


「ちょっ、ぶつかっ」

「だいじょぶです。窓、開いてます」

「~~~~っ!」


 ついには声にならない声が零れ落ちる。

 だって――空だ。翠奈はポエッタに抱えられ、空を飛んでいる。


「あう、あわ、あば、うわっ」


 色んな感情が一気に押し寄せて、やはり言葉にならない。

 やっぱり重たいよ? 大丈夫? と心配になる気持ちはもちろんある。だけど『何でも屋勇者のサブカルライフ』の中にも人を抱えて空を飛ぶ描写はあって、密かに憧れはあったのだ。


 フェアリー族に抱きかかえられて空中旅行をするなんて、考えるだけでわくわくしてしまう。だけど実際には恐怖心もあって、すがるようにポエッタの背中に手を回してしまう。


「温かい……」

「? 綺麗、違いますか?」

「うん。綺麗でもあるけど、温かいなって」


 最初は速かった鼓動も少しずつ落ち着いてきて、やっと周りの景色を見る余裕ができてきた。

 大きな噴水広場に、図書館に、ポネリアンの中でも一際大きなラエトゥス邸。さっきまでいた魔法学校もすでに小さく見える。


 やはりポネリアンの風景はヨーロッパの街並みに似ているな、と改めて思った。いちいちおしゃれで、だけど温かい雰囲気もある。それは街並みだけの話ではないのだ。

 こうして翠奈をお姫様抱っこして空中旅行を連れ出してくれるポエッタを始め、この世界はあまりにも優しさで溢れていて。

 また、瞳がじわりと滲んでくる。


「スイナさん。私、お礼……できてますか?」

「うん、できてるよ。ありがとう。……でもわたし、驚いてばかりだったから。ロコちゃんにお礼をしてもらうことなんて何も……」

「スイナさん、馬鹿です」

「えっ!」


 唐突にポエッタの口から発せられた「馬鹿」に、翠奈は大袈裟に驚愕の声を漏らす。するとポエッタはケラケラと楽しげに笑った。


「驚きすぎ、です。スイナさん、面白い……です」


 言いながら、ポエッタは口元を綻ばせる。

 唖然とする気持ちと「可愛い」という単純な感想が混ざりに混ざって、翠奈はきっと何とも言えない表情をしていることだろう。


「スイナさんと会えました。だから私、前……向いてます。変わりたい、思いました。今の私、なら…………怖い気持ち、勝てる。思います」

「…………」


 思わず吸い込まれそうになりながら、翠奈は彼女の瞳を見つめる。

 なんて強い女の子なのだろう、と思った。

 フェアリー族なのに魔術が駄目駄目で、自信がなくて、内気で……。と、ポエッタは自分のことを表現していた。だけど今の彼女は、眩しいほど希望の光に満ちている。

 もしも、これが祝井翠奈のステージのおかげなのだとしたら。



(わたしも、負けたくないな)



 翠奈はぎゅっと、ポエッタを抱き締める両腕に力を込める。

 祝井翠奈である自分と、『何でも屋勇者のサブカルライフ』のオープニングテーマを担当する自分。

 どっちの自分も裏切りたくはないのだと、翠奈は強く思い始めていた。

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