第一章 私は今 第3話

 視界の開けた私は誰にもぶつかることなく、中央広場までやってきた。前を行くお嬢様が先ほどから右のほうを気にしている。つられて私もお嬢様の視線の先を見てみると、なにやら広場の片隅に、たくさんの人がいた。

「お嬢様、何でしょうかあの人だかりは」

 みんな笑っており、中には歓声を上げている人もいる。

「サロアが気になるって言うなら、寄ってあげても良いけど」

 お嬢様も何をしているか気になっているのが見え見えだ。意地を張っているだけで。

「私は気になります。お嬢様もお付き合い願えますか」

「仕方がないわね」

 口調とは裏腹にお嬢様はとても嬉そうで、今にも駆け出しそうだ。普段は大人びているからあまり感じないけれど、ゼルドナお嬢様はまだまだ子供だ。まったく、微笑ましい。

 人ごみを掻き分け最前列に出ると、そこには奇妙な出立ちの男が居た。青いとんがり帽子に、同じく真っ青なだぼだぼとした服。一番目を引いたのは、白塗りの顔と目の下に書かれた赤いマークとまっかな鼻。ちょうど何かをやり終えたところのようで、盛大な拍手をもらっていた。顔を上げた彼と、目が合った。彼はじっと私を見た。私にはそれがとても長い時間に思えたけれど、おそらく一瞬の出来事だったのだろう。彼はおもむろに懐からトランプを取り出すと、優雅な手つきでそれらをシャッフルした。いったんそのトランプをテーブルの上に置くと、隣にあったメモに何かを書いた。それをお客たちに見せる。

『今からそちらのお嬢さんにカードを一枚選んでもらいます。僕はそれを見ずに、お嬢さんが選んだカードを当てます』

 おぉ。と、あちこちでどよめきが起こる。彼は先ほどのトランプを持つと、私に向かって差し出した。

「えっ、私ですか?」

 お嬢さん、と書いてあったものだから、てっきりゼルドナお嬢様のことだと思っていた。戸惑う私を気にもせず、扇形に広げられたトランプ。どれにしよう。端からさっと眺めた私の目が、一枚のカードに吸い寄せられた。

 ―――あの日の私 全ての始まり

 私は、スペードの十二をとった。

『そのカードを僕に見えないように皆さんでご覧になったら、残ったカードの間に戻して下さい』

 指示されるがまま、カードを戻すと、彼はすぐにカードをシャッフルした。五十二枚のカードたちは彼に操られ、浮かび、赤いテーブルクロスの上に落ちた。そのたった一瞬のうちに、彼は空中を舞うカードに向かって、ペンを走らせた。しんと静まりかえった広場に、彼がペンにキャップを被せるカチッという音がやけに響く。ばらばらになったカードたち。その中の一枚が、彼によって拾われた。お辞儀と共に私に差し出されたカードは、私の選んだスペードの十二だった。脇から覗き込んできた観衆がどよめく。よく見ると、カードには先ほどまで無かったはずの何かが書かれていた。カードに描かれた王女の左側に記された文字。

『♠Qの幸せを願って』

 はっとして彼を見ると、既に次の芸を始めてしまっていた。

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