第三章 己の価値 第5話

 金は少なくともそれ以上の価値はある。私はピエロの持つ巾着に手を伸ばした。次の瞬間、視界が一気に回転し、背中と首に激痛が走った。

「くはっ」

 思わず瞑った眼を開けると、月光に照らされたピエロの瞳が間近にあった。その瞳は想像以上に深い闇をまとっていて、私はとっさに目をそらしてしまっていた。今の状況。よくはわからないが、おそらく伸ばした手をつかまれてバランスを崩され、そのまま綺麗に壁に押し付けられたとたんに、首を掴まれた。ピエロは左手で私を抑えたまま、反対の手だけで器用に書いた。

『そんなに僕を見くびらないほうがいい。このセカイでこれだけの金をつくり、生き残ってきたんだ。そう簡単に奪われるようなまねはしない』

「そうね。私が愚かだったわ。もう馬鹿な真似はしないから、放してちょうだい」

 意外にあっさりと開放された喉に空気が入り込み、ひゅっと音が鳴った。

「ハートのクイーン、でしょう。言っておくけれど、貴方の期待には応えられないわ。私のとこの店長はもともと高貴な娘になんて興味はなくてね。あの日私を手に入れてすぐに、あの場を出たわ。だから、ハートのクイーンがどこに行ったのか知らない。残念だけど、それが真実」

 ずっと客の胸中を読み、顧客を増やしてきた私にさえ、ピエロが今何を考えているのかわからなかった。私の言葉を素直に信じるはずが無い。きっと、隠していると思われている。

「どうせ私のことなんて、貴方は信じられないでしょうけど」

『あなたは、ご自分で思っているほど感情を隠しきれていませんよ。あなたの顔を見れば、噓を吐いていないことくらいわかります』

「なっ…」

 反論しようとしたが、やめた。このピエロの前では、確かに私のほうがまだ感情が残っているといえる。本当に♥Qの居場所を知る手段が絶たれたと知った今、なお感情を隠す彼の心情はどうなっているのだろうか。少しでも落胆しているだろうか。

「私、この店で一番の客取りなの。だから、情報網も広いわ。…ハートのクイーンについて聞いてあげてもいいけど」

 何を言っているのだろう自分は。あんなにも嫌いだった♥Qを探してやろうだなんて。…いきなり、ピエロに左手を掴まれた。

「なにするのよ」

 私の手の平に彼の右手が重ねられる。しかし、彼の手のぬくもりが私に伝わることはなかった。代わりに、握らされた私の手には、硬くひんやりとしたものがあった。ゆっくりと自らの手を開いてみると、そこにあったのは三枚の金貨だった。

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