第三章 己の価値 第6話
『ただで協力しろとは言いませんよ』
膝を地面につく正式な礼をしてみせるピエロ。まったく、こいつには敵わない。
「金貨三枚と情報なら、いい仕事ね」
『それは前金です。成功報酬は、五枚でよろしいですね』
ただただ驚くしかなかった。これまでにも、客を利用した情報収集を請け負ったことはあったけれど、合計金貨八枚なんて、破格すぎだ。それだけ、♥Qに入れ込んでいるということなのだろうが。
『八枚の金貨と、ご自分でためたお金で』
気づけば、また何かを書き始めていた。
『自分を買ってください』
はっと息を呑んだ。もしかしてこいつはそのために破格な報奨金を提示して…!
「貴方、馬鹿じゃないの」
『そうかもしれませんね。でも、それはあなたもじゃないですか』
怪訝な顔をすると、ピエロは訳を書いた。
『ここにいれば三食が保障されていますし、寝床もある。それでも、あなたは本来の家に―――家族のいる家に帰れる可能性に気づいたとき、嬉しそうでしたよ』
確かにそうだ。今この胸にあるのは、安定しながらも苦痛に耐え続ける生活より、貧しくも家族と在れる生活を望む気持ちだ。ピエロもまたそうなのかもしれない。大量の金貨より、♥Qを望む。気持ちというやつはきっと、理屈にそぐわないことばかりなのだ。
あの日、私だけが自らの手で、運命を決めた。過ちだらけだったけれど、今からでも遅くないのかもしれない。
ピエロの去った裏道は、いつも通りの静けさを取り戻していた。その静寂の中を走る小さな足音がひとつ。やがて私の前に現れた頬の赤い子供は、落ちていた酒瓶につまずいて転びかかった。とっさに伸ばした腕で、小さな体を受け止める。よほどびっくりしたのか、ぐすぐすと泣き始めた子供が、なぜか微笑ましく感じられた。子供は嗚咽を必死にこらえ、何かを言おうとしていた。顔を近づけると、ようやく泣き笑いのような表情で、告げた。
「おねぇちゃん、ありがとう。」
私はやり直せる。だってきっと、この一言を言って欲しかっただけなのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます