第四章 森を抜ける間だけ 第1話
腰が痛い。鼻の骨がじんじんして、しびれている。今日はいつになく長旅だ。木の板を張り合わせただけのようなボロ馬車は、車輪が石ころを踏みつける嘆きを、余すところなく私たちに伝えてくれる。板と板の隙間から差し込む太陽光は時間を知りえる唯一の手段であったが、先ほど完全に日が沈んだらしく、既に闇のみがまとわりついていた。
この中には私を入れて十人の芸奴隷がいるはずだが、この闇の中では顔もわからないし、どこにいるのかさえわからない。そもそも、今自分がどのあたりに座っているのかさえ定かでなくなっている。おしゃべりでもしていれば少しは旅を楽しめそうなものだが、ここにいる連中は雑談をするようなやつらではない。特に一番の稼ぎ頭のピエロにいたっては、いまだかつてその声を聞いたことすらなかった。かれこれ五年以上、一緒に仕事をしているはずだが、何を考えているのか全く掴めず、名前すら知るものはなかった。ピエロはそういう男なのだ。
ようやく馬車が動きを止め振動はおさまったが、外の静けさが私たちの心配通りの事態を招いたことを告げている。ガシャンと金属音を立てて閂が外されると、満月を背景に長一家の長男がいた。
「お前ら、さっさと小馬車に移れー」
やる気のなさそうな声で指示がとぶと、闇がぞろぞろと動き出した。私ものっそりと立ち上がり、列を成して移動する。私たちが心配していた事態。それは、宿のない場所で夜になってしまうことだった。馬も御者も生き物ゆえに、夜になれば眠くなる。必然的に止まらなくてはならないわけで、その間私たちも眠りたいわけだ。この旅芸人の一座は二つの馬車で構成されており、一般的な大きさの馬車に乗るのが長一族の五人――座長、奥さん、長男、次男、長女である。もう一方の、広さだけがとりえで本当に質素な馬車には、芸奴隷の十人が乗っている。これが、野宿になると逆転する。確かに長家族の乗る馬車は快適だが、五人が横になるほどのスペースがない。そこで、寝るときだけ、広い馬車に移動するのだ。しかしこれは、私たち芸奴隷にとってはたまったもんじゃない。五人が寝ることもできないようなスペースに、十人が寝られるなんてことがあろうか。答えはもちろん、否だ。私たちはぎゅうぎゅうに押し込まれ、ひざを抱えて小さくなったまま眠る。朝になるころには、体中が悲鳴を上げていることになるのだ。
「さっさと入れ」
待ち構えていた次男の指示で、列を成して順番に小馬車の中に入れられる芸奴隷たち。私の一つ前は、ピエロだった。彼は自分の順番が来ると、綺麗な礼をして列から抜けた。
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