第四章 森を抜ける間だけ 第2話

「お前、今回はさすがにまずいだろ。ここ、森ばっかで家なんて無いし」

 次男が驚いて目を見開いた。ピエロはほとんどの場合小馬車に入らず、外にいた。そんなことが許されるのは、集客力がずば抜けている彼だけだったが。改めてあたりを見渡してみると、確かにどこまで見ても森ばかりで、身を落ち着けて眠れそうなところなんてどこにも無かった。いつ盗賊やらに会うかもわかったものではない。それでもピエロは中に入ろうとしなかった。

「ったく、必ず朝には戻って来いよ」

 次男は説得しても無駄だと思ったのだろう。もう一度深くお辞儀をしたピエロは列から離れていこうとした。

「あ、あの。私も外で寝ます」

 私の言葉に、次男は眉をしかめた。ピエロも、表情こそ変化はないが、立ち止まって私を見た。

「キャシー、いったい何考えてんだ」

 先ほどまで長く馬車に揺られていたせいで、少し酔ってしまっていたこと。この状態で人の密集したところにいれば、酔いが更に悪化してしまいそうであったこと。もう少し、外の空気を吸っていたかったこと。そして…ピエロが外で何をしているのか、興味深いこと。一つ一つを取ればたいした理由でないけれど、それらがごちゃ混ぜに絡み合って、どうしても外に出たいという気持ちにさせていた。

「そうは言ってもお前。親父の許可がねえと」

 そのとき、視界の端で何かが動いた。首を後ろにめぐらせると、ピエロが長に正式な礼をしていた。

「この女を外に出せってことか?」

 次男の問いかけに、ピエロは頭を上げないままうなずいたのだった。

「うーん…まあこれだけ何もない場所じゃ、他の馬車も通りかからないしな。逃げようったってやりようが無いか。いいぜ、今夜だけ好きにしな」

 次男はしっしと追い払うように手を振った。私は思わず笑みがこぼれるのを隠すこともなく勢いよく頭を下げると、既に歩を進め始めてしまったピエロを追った。

 長い足でもくもくと木々の間を進むピエロの後ろを必死で追う。ここで見失ったら、一人で馬車に戻れる自信などなかった。三百六十度全てが木で、目印などないからだ。

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