第七章 あの日の記憶 第9話
「あーあ。一千チルドなんて安金で売られちゃって」
その声は舞台から顔を出した大男にも聞こえたらしい。
「うるさいぞダイヤのキング。よし、次はお前だ」
光の下へ連れて行かれてしまう。
「特技は」
「体力。重いものでも運べる。病気になんてほとんどなったことない」
しっかりと客を見据えている。
「一千五百」
「一千六百」
「二千」
「二千二百」
しばらくの沈黙。
「では、六十二番様の二千二百チルドでよろしいですか」
さっきの倍以上の値で、♦Kは売られていった。
次に舞台に立ったのは♠K。
「特技ではないかもしれませんが、礼儀作法などは身についています」
競が始まる。しかし、最初の提示額が破格だった。
「四千」
声をあげようとしていた客たちの息が、ため息に変わる。
「二十三番様の四千チルドで、落札」
大男が次の商品として♣Qに手をかける。連れて行こうとするのを、♣Kが必死に妨害した。
「離れろガキ」
「やだ。ムナと僕はずっと一緒なの!」
いくら引き離そうとしてもしがみ付いて離れない。
「いいんじゃないか、一緒にステージに上げても」
「御頭」
大男が突然現れた紳士かぶれに慄く。
「双子なんてそうそういないし、価値上がると思うぜ」
「御頭に感謝しろよ」
♣Kの紐も解かれ、♣KQがそろってステージに向かう。
「この二人は双子の兄と妹です」
アナウンスが終わると、ぽつぽつと数字が聞こえてくる。
「二千三百」
「二千五百」
「では、三十六番様の二千六百チルドで」
二人分にしては少なめな値段で、♣KQは一緒に買われていった。
残りは私、♥K、♦Qの三人になってしまう。次は誰が。
「ハートのキング、立て。」
大男が♥Kの腕を引っ張った。つないでいた手が離れる。
「待って」
私の叫びは無視され、どんどん離されてしまう。伸ばした手はあと少しのところで♥Kの指先をかすめる。彼の口が必死に何かを訴える。“な・ま・え”。慌てて息を吸い込む。
「私の名前は」
突然、何者かに口を塞がれた。早く伝えなきゃ。精一杯抜け出そうとしても、口の覆いは外れない。涙で歪む視界の中で、♥Kの頬に光の線が引かれた。ライトの光を反射する雫。彼はステージの上で、空き瓶をまわしていた。彼の特技。彼はきっと、どこかの一座に買われる。それしか、知りようがない。名前さえも知らない。何で早く名乗っておかなかったのだろう。♥Kはみんなの買われた先を知っている。でも、私の買われた先を知ることはできないだろう。私が、八十五個の名前くらい、全て覚えていたなら。あるいは、♥Kの名前だけでも知りえていたなら、探すことは可能だったかもしれないのに。後ろを振り向くと、肩で息をする♦Qがいた。
「あなたが、私の口を塞いだの」
見下すような目つきで、唇にだけ笑いをのせた彼女は悪びれずに私に言った。
「ええ、そうよ」
「何でこんなこと!」
「気に食わないのよ、あんた」
至極当然のような口ぶり。
「あなたのせいで、ハートのキングに会える可能性が減ったじゃない!」
「名前を知らないのは、みんな一緒じゃない。それでもあんたは会いに行くんじゃなかったの」
返す言葉が見つからなかった。私がこんなに怒りを覚えているのは、♥Kが特別だからだ。いつの間にか、私の中で♥Kの存在がこんなにも大きくなっていた。
「七十三番様。落札」
落札。たったそれだけの言葉で、♥Kの命運は決められてしまった。
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