第七章 あの日の記憶 第10話

 私は一人きりで闇の中にいた。今ステージの上には♦Qがいる。

「私はお客様のご希望に応えられるわ。全力を尽くして働きます。何かご注文はおあり?」

 子供たちの前で取る態度と正反対に、綺麗で凛とした声と可愛らしい笑顔を操る。その演技力にただ息を呑むことしかできない。

「注文、何でもいいのか」

 お客の一人が質問する。

「はい。なんなりと」

「脱げ」

 即座に、別のところから声があがった。

「裸になれ」

「脱げよ」

「何でもするんだろ」

 あちこちから野次が飛びかう。あまりにも卑猥で下品な。

「わかりました」

 会場が静まり返った。

「手、離してくださる?」

 大男が慌てて押さえていた手を離す。♦Qはボロの端を握り締めた。

「おい、早くしろ」

 また客たちの野次が広がっていく。同じ女の子として、♦Qの苦しさがわかり、客に怒りがわいた。しかし、♦Qは怒ることをせず、一気にボロを引き下げた。露になった肌に、客たちがどよめく。

「三千」

「三千五百」

「四千」

 ここまでの最高記録をこえても、競は止まらない。

「四千五百」

「四千七百」

「五千」

「五千百」

 そこで音がやんだ。

「十二番様の五千百チルドで落札です」

 アナウンスが終わるなり、♦Qはボロを拾い上げた。そして包むように自分の体を抱く。大男にせかされて、ステージから降りていった。


 最後の私は、無言で大男に連れられてステージに立った。ここから見る会場は舞台袖から見るそれとは違って、品定めをするお客たちの下品な目に晒され続ける、危険な雰囲気の漂う場所だった。

「ご覧ください。ピンクの髪、エメラルドの目、白い肌。ロゼットの血を濃く受け継いだ、高貴な娘です」

 会場がざわつく。

「ロゼットは珍しい種族です。なかなかお目にかかれるものじゃありませんよ。ここで手に入れなければ、一生入手できないかもしれません」

 ざわつきが一層大きくなる。そのとき、会場の出口付近に♦Qを見つけた。目が合うと、彼女は視線をそらした。

「四千百」

 競はもう、始まっていた。

「四千五百」

「五千」

「五千三百」

 信じられなかった。あそこまでした♦Qの値段を、ロゼットだというだけで超えてしまった。その驚きは、私以上に♦Qのほうが大きかったらしい。目を大きく見開いて、私を凝視していた。

「五千四百」

「五千五百」

 まだまだ上がっていく私の値段を背に、帰り支度が終わったらしい主人に連れられ、♦Qが会場から出て行った。

「では、二十二番様の五千七百チルドで落札。本日の競はこれにてお開きとさせていただきます」

 私は中年の太った男に引き渡され、会場を後にした。外に出ると、皮肉なほどにきれいな満月が私をあざ笑っていた。

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