第三章 己の価値 第1話

 この世界に平等など、無い。信じられるのは、己のみ。

 傀儡くぐつ、というものを知っていらっしゃる?この言葉を聞いてまず思い浮かぶのは、紐に吊り下げられた操り人形でしょう。確かに、自由を奪われ、楽しくもないのに笑い踊る姿も、私を表すのにぴったりかもしれない。しかし、私が言いたいのはその人形自体のことではないの。なぜなら、今は私の職業の話をしているのだから。手に金の指輪をいくつもはめた貴方が「こんな美しい貴女の働いている職場で働ければ良いのに」なんて、慣れてもいないナンパなんかするから、こんな話になってしまったじゃない。でも、それについてここで詳しく話すのは躊躇われる。わからないのなら、豪華なおうちの立派な書庫にある、辞典ででも調べてみるといいわ。高貴な貴方が答えを知ったら、きっととんでもない娘に声をかけてしまったものだと、真っ青になるのでしょうね。私の職場にはそれこそ貴方が好きそうな綺麗な娘が沢山いるけれど、残念ながら天地がひっくり返っても、貴方が私たちと一緒に働けることはないわ。男の貴方は、私たちにお金を払って、遊んでもらう側の人間なのよ。


「シェル、休憩だ」

 裏口から外に出る。大きく息を吸い込むと、久しぶりに新鮮な空気が体内に入り込む感覚がした。そのまま、すぐ脇のゴミ箱に腰掛ける。どうせまたすぐに呼び出されるのだ。このままでいい。最近、客の目当てのほとんどが私だった。多くの常連客を持つほど儲かるのでそれはそれで喜ぶべきことだ。ここに連れてこられてからずっと、店長は私をシェルと呼ぶ。客や仕事仲間からの愛称は、シー、シルル、エルなど、様々だ。…しかし、私の本当の名を知っているものはここには誰もいない。偽りだらけ。それが私。カタカタと相棒の傀儡を動かしてみる。今では思い通りに動かすことができる。こいつだけは、私を絶対裏切らない。だって、私なのだから。

「すごい。かわいい」

 いつの間にか、目の前に髪を二つにゆるりと結んだ子供がいた。小汚い身なり。そもそも、こんな夜遅くに外にいる時点で、まともな生活をしていないとわかる。私はガンっとかかとでゴミ箱を蹴った。

「これは子供のおもちゃなんかじゃないの。とっとと失せなさい」

 びくりと肩を震わせ、子供は涙目になる。

「泣いたら何とかなるとか、思ってんじゃないわよ」

 涙なんて、何の役にも立たない。子供は、慌てて私の前から逃げた。子供なんて、嫌いだ。無力で、そのくせ自尊心が強い。

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