第二章 温かい心 第4話
ピエロは迷うことなくペンを走らせた。
『これも王子はご存知でないかもしれませんが、外では大量の人々が朝を迎えられずに死んでいきます。子供一人で生きていく術は、ほぼ無いに等しい。王宮に連れてこられなければ、もっと早くに死んでいた可能性のほうが高いのです。トラーはそれを知っていた』
ほんの一時でも、誰かに必要とされて生きること。人生の尊さは、ただ長く生きることではない。…そんな簡単なことさえ、僕は気づいていなかった。トラー、君は命をかけて僕を生かし、大切なことを教えてくれた。僕が君にできること―――。
「この国が、もっとお互いの大切さに気づけるような、温かい心を持った国になるようにする。それが僕にできるトラーへの恩返しであり、償いだ」
ピエロが小さくうなずいた。
「ありがとう、ピエロ。これでは君の褒美としては割が合わないな。他に望みは無いのか」
『トラーから、♥Qについて何か聞いていませんか』
「ハートのクイーン…」
少し色の戻ってきた記憶を探る。モノクロになった記憶に色を戻してくれたのは、ピエロだ。本当に感謝せねばならない。
「あれは確か、トラーと出会って半月くらいたったころだったと思う。自分はスペードのキングという呼び名をつけられたのだと話していた。ほんの一夜限りだったが、王と呼ばれたことには変わりないから、王子より偉いかもな、なんて冗談を言っていたよ。それで僕が、ハートやダイヤのキングなんてのもいるのかと尋ねたら、キングだけでなくクイーンもいるのだと。あの七人のことはずっと忘れないだろうなって、すごく楽しい思い出のようだった。…心当たりはこれだけだ。たいしたことでなくて申し訳ない」
めずらしく、ピエロが考え込むようなしぐさをした。それから思い出したようにペンをとった。
『僕にとっては、今の話はたいしたことに十二分に入ります。話してくださってありがとうございました』
そのままメモを優雅とも言える手つきで僕に返すと、ドアの向こうに消えていった。
結局、あのピエロは何者だったのだろう。しかし、それはあまり重要なことではないように感じられた。トラーの思いを伝えてくれた。感謝すべき対象。それで十分だ。
トラー、僕の中で共に命数の尽きるまで、見守っていて欲しい。僕の手でこの国を変えてみせるから。だから、もっと温かな心を持った国になったそのときは。二人、同じ世界に生まれ変わって、もう一度親友になってください。そして今度こそ、キャッチボール、しような。
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