第二章 温かい心 第3話

 場所は、僕の私室になった。ここにはいざという時の為の脱出ルートにつながる隠し扉がある。僕はその隠し扉を背にして座った。

「僕が提供する情報で君の望みがかなうなら、何でも話そう。僕もトラーについて語れるものが欲しかったのだ」

 ピエロに向かって、厚いメモを放る。彼はすぐそこに書きだした。

『トラーは今、どちらに?』

 瞳を閉じ、左の胸を触る。トクン、トクン…刻み続ける鼓動。

「トラーは、ここにいる。僕の中で僕を生かすために動き続けている」

『心臓移植、ですか』

「…ああ。僕は生まれつき心臓が悪かった。いつか心臓移植をしなくてはいけないことは、前々からわかっていたらしい。僕だけが、何も知らなかった。心臓移植には同じくらいの大きさの心臓が必要だ。つまり、子供には子供の心臓が必要だということだ。だからトラーは連れてこられた。いつか僕が本当に心臓移植を必要とした日のための、僕の心臓として。僕は何も知らぬまま、初めて王宮に現れた同年代の男の子に興味を抱いた。そして、入ることを禁じられていた彼の部屋に行った。そのとき彼は――いずれ僕のために殺されるのだと最初から知らされていた彼は――僕になんて言ったと思う?……友達になっていただけませんかって、それも笑顔で」

 嗚咽をこらえながら、必死にしゃべる。それが、トラーを殺してしまった自分への罰だ。僕は一生、この罪を背負って、生きていかなくてはならないのだ。

『トラーは嬉しかったのだと思います』

「えっ…」

『王宮の外は、王子のご想像よりも酷い有様です。誰にも愛されず、必要とされずに、ただ命のみを与えられ、手放された子供たちも大勢いるのです。トラーもその一人でした。彼の場合は親がアルコール中毒による精神異常だったため、受けた傷も大きかったでしょう。そんな彼の目に、禁を犯してまで自分に会いに来たあなたがどう映ったか。これはあくまで僕の想像ですが、いつか死ぬという恐怖より、必要とされ、自分の存在意義がつかめた嬉しさのほうが強かったのではないでしょうか』

 こらえきれなくなった涙が、インクをにじませる。ずっとずっと、トラーは僕を恨んでいたのではと思っていた。召使たちは僕を慰め、今まで事情を隠していたことを謝りはしたけれど、トラーが僕を許してくれるだろうとは言ってくれなかった。本当に、トラーは僕なんかが親友となったことを、喜んでくれていたのだろうか。

「人は死を恐れる。それでも、トラーはそれにも勝って嬉しかったと言えるか」

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