第七章 あの日の記憶 第6話

 考えることが辛くなり、顔をあげると一人の男の子と目が合った。まだ一言もしゃべっていない、影のような人―――♥K。私と同じマークを与えられし人。私から視線を外そうとはしない。その瞳の奥に底なしの闇があるように感じてしまう。それでも私は目を逸らさなかった。今逸らしてしまったら、それは街の外に目を逸らし続けた街の大人たちと同じになってしまう気がしていた。しばらくそうしていると、一切動くことの無かった♥Kが、私のすぐ隣に移動した。私が驚いた顔をしていたのだろう。♥Kはぺこりと頭を下げると、ひたと私を見つめ、のどに右手をあて、左手は口の前で開閉させる。最後に首を横に振って否定の意を示した。

「もしかして、しゃべれないの?」

 私の問いに、こくりとうなずく。♥Kの手が、そっと私の手に合わさった。

「温かいね」

 嬉しそうに首肯する。この場所に来て初めて誰かの笑顔を見た。私の手に、指で何かを書く。

『いきてる』

 その文字列の変換が”生きてる“であるとわかったとき、悲しみと切なさと苦しさといろいろな感情が入り混じって、何故か涙が出そうになった。

「うん。生きてる」

 生きている人間は温かい。♥Kは今こうして生きていることの喜びを、感じることができる。私はどうだろう。リルソフィアにいたとき、恵まれた境遇を幸せと感じることがあったろうか。感謝することがあったろうか。生きていることを当たり前と思っていなかっただろうか。

「人の体温って、こんなに心地よかったんだね…」

 今はただ、隣に寄り添ってくれる人がいるだけで幸せと思える。

「ありがとう」

 ♥Kは優しく笑い、口を大きく動かした。“あ・り・が・と・う”。たったこれだけで満たされる。こんな状況でさえ、こんなに優しい気持ちになれる。そのことを教えてくれた人。

 たった一夜限りでも、同じ運命にある八人。全員が幸せになって欲しい。そう思ってしまうのは、甘い考えだろうか。そうかもしれない。でも、私は信じてみたい。売り物として在る私たちでも、誰よりも大きな幸せを掴むことができると。繋いだ手にこめる力を一瞬強めた。それに気づいた♥Kと視線が交差する。彼は、私の決意を感じたようで、大きくうなずいてくれた。

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