第七章 あの日の記憶 第5話

 年長者二人は呆れたように脱力する。

「仲良くなんて、ふざけたこと言わないで。私たちは敵よ」

 ♦Qが容赦なく言い放つ。

「ダイヤのクイーンに同感。ここでは客の競りで俺たちの値段が決まる。客が買いたいと思わないと、低価格で売り払われることになる。逆にみんなが欲しければ価格は吊り上がる。より金を手に入れるには、高価格を提示してくれる人物に選ばれなくちゃいけない。そんな奴、多くはいない。だからより良い買い手を取り合う敵だ」

 ♦Kが口を閉じると、しばらく沈黙が続いた。

 年上二人の意見は私たちに突き刺さる。競られる自分。競る大人たち。そんな構図、今まで考えたこともなかった。リルソフィアの中は商業も盛んだったけれど、人身売買なんて聞いたことがなかった。一歩外に出るだけで、こんなにも世界が違うものなのか。自分の中に構築されている常識というものが悉く通用しない。街から出たときの違和感。見慣れてしまっていた高すぎる防壁は、外から見ると異質さを強く感じた。外壁に寄りかかるように座っていた、生と死の狭間を彷徨う人々。あの人たちは何故あんなところにいたのだろう。街の中には宿も医療施設もたくさんあるのに。そこまで考えて、はっとした。防壁に囲まれた街の中で、私を含めた町民は何の不便も無く暮らしていた。その裏で、知らぬ間に街の外の人たちを犠牲にしてきたのではないだろうか。知らぬ間、というのは違うかもしれない。街から出て、外の悲惨な光景を目の当たりにしても、お母さんは動じていなかった。お母さんもお父さんも、そして街の大人たちのほとんどが、街の外のあの悲惨な姿を一度は見たことがあったはずだ。知っていてなお、街の中での快適な生活に異議を唱える者はいなかった。私はどうだ?連れ去られること無く、おじさんに会うことができ、再び街の中に入って、どうしたろう。友達に街の外に出たことを自慢した?出るときの検問はあっという間だったけれど、入るほうは行列ができていた。そのわりに中に入ってくる人は少数。仮に私がここから逃げ延びて、一人でリルソフィアにたどり着くことができたとしても、もう中には入れないかもしれない。いや、入れない確率のほうが高いと思う。あの街は、犠牲と偽りと差別でできた街なのだ。外からでないと気づけない、内の歪み。なんて醜い人間だったのだろう。中に入れたところで、リルソフィアの異常さに気づいてしまった今、もうあの街で以前のように無知の笠を着て暮らすことはできない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る