第七章 あの日の記憶 第4話

「私はシェリーシカよ」

 凛とした綺麗な声が突然聞こえた。声のした方を見ると、少し引きつった笑顔をうかべた私よりも年上な女の子がいた。汚れてしまいせっかくの長い髪も乱れてはいるが、美しい顔立ちをしている。

「そんな長ったらしい名前、憶えてらんねぇよ。兄貴、ちょうど男女四四だしさ、これ使えるだろ」

 手に取ったのは、テーブルの上のトランプ。

「男にK、女にQで良いよな」

 言うなり、テープでボロにカードを貼り付けていく。

「お前らの名前はそれだからな。自分の名前、しっかり覚えとけよ」

 男二人も部屋から消えると、しばらく無音の空間が続いた。それを破ったのは、♣KとQ―――一番年少の二人だ。

「んー」

 目を覚ました♣Kが周りの様子に気づき、慌てて隣の女の子を起こす。

「ムナ、起きて起きて。おうちじゃないよ」

「お母さんはどこ、ジェムシー」

 泣き出す寸前の二人は、女の子がムナ、男の子がジェムシーという名前らしい。

「お前らは売られたんだよ」

 そっけなく言い放ったのは、♦K―――私より年上で短髪の男の子。彼の発言は、♣KQだけでなく、私の心も抉った。そんな心無い冗談を言ったら、♣たちはきっと更に泣いてしまう、そう思ったのに。

「そっか。ムナは、ジェムシーと売られたんだった」

 二人は涙をごしごしと拭った。

「売られるって、どういうこと…?」

 私の問いに、怪訝な目をする子どもたち一同。そこで大男の言葉を思い出す。私以外は彼らに連れ去られたわけでないのにここにいる。私以外は同じ身の上だと。

「僕らは金と引き換えになったんだよ。だけど、哀れだと同情するのは間違っている。君は血色も良いからきっといい暮らしをしている側の人間だったのだろうけれど、僕はそうじゃない。僕の父親はね、アルコール中毒による精神異常だったんだよ。そんな家にいるより、売られたほうが百倍マシだって、本心から思っているからね」

 童顔で可愛く見える♠Kだが、言っていることはどこまでも残酷だ。しかし、彼がそんな身の上話をしてくれたのは私に現実を―――人身売買がごく普通のこととして扱われていることを―――教えてくれるためだ。

「スペードのキングのおかげで、状況がわかってきた。ありがとう」

 ♠Kは、きょとんとした顔をした。そして、自分の肩の辺りに貼られているカードを見て、納得した。

「スペードのキングって、僕のことか。僕の名前はトラーだよ」

「まったく、自分を連れ去った相手がつけた名前で呼ぶなんて、どうかしてるわ。これだからお人よしで金持ちのお嬢様は嫌なのよ」

 鋭い声の主は、♦Qを付けられたシェリーシカだ。

「お前、さっき人売りに媚び売ってたろうが。俺はそういう奴のほうがよっぽど嫌だね」

 ♦Kが口を挟む。それに対して♦Qは不敵な笑みを浮かべてみせた。

「私はね、あんたたちとは違うの。売られたんじゃない。売ったのよ、自分自身を。一番高値を付けさせてやるわ」

「馬鹿じゃねーの。自分を売ったとか、絶対いかれてる。それに、今回の最高値は確実にハートのクイーンだろう」

 ♥Qは私だ。何故ここで私が出てくるのかわからない。

「何でそんな女が一番なのよ。確かに私はチチカの下人だったけど、ここに来る前の地位なんて、客には関係ないわ」

「自分を売るような馬鹿は知らないかもしれないけどな、その女の一族は、」

「止めてください!」

 突然叫んだのは♠Q―――おさげ髪の女の子。よほど勇気が要ったのか、声が裏返ってしまっていた。

「何で喧嘩なんかするんですか。私たち、今夜限りですけど同じ屋根の下にいるんです。仲良くしましょう?」

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