第四章 森を抜ける間だけ 第4話

「ピエロは、ここと何か関係あるの。何で人体実験しているって知ってるの」

 腰をかがめて名前をチェックしてから、ペンを持ち直した。

『君は気づかなかったかもしれないけど、さっき森の奥に研究施設があった。しかも、この墓は同じ日に死にすぎている。自然死では絶対ない。そして、この墓石にある名前は、明らかに人間につける名前だ』

 ピエロの仮説の立て方がすごいと思った。普通、人体実験なんて思いつかない。突然、ピエロが歩みを止めた。もう同じ轍は踏まずに、私もぎりぎりで止まった。私より頭ひとつ分高いピエロを見上げると、彼はひとつの墓石に見入っていた。その視線をたどった先にあったのは、

‘ジェムシー&ムナ‘

「わ、酷いな。ひとつの墓に二人埋めるなんて。手抜きか」

 ピエロはまたもや私の言葉を無視し、屈みこんだ。

「ピエロ…?」

 両手を合わせると、頭を垂れた。ピエロは祈っているのだ。二人の冥福を。私も彼の隣にしゃがみ、手を合わせた。

「知り合い、か?」

 恐る恐る尋ねてみると、ピエロはゆっくりと閉じていた目を開けた。初めて間近で見たピエロの横顔はなぜか切なげに見えて、月に照らされた頬にどきりとした自分がいた。

『一応、知り合い』

 彼の差し出した紙で、はっとわれに返った私は、言葉が上手く出てこなかった。いや、例えピエロの横顔に見とれていずとも、知り合いが人体実験の犠牲になったなんて書かれて、返事に詰まらない者はほとんどないだろう。

「大切な人だったのか」

『うん。といっても、一緒にいた時間はほんの少しだったけれど』

「時間なんて、関係ないよ。大切だと感じたのなら、それはもう大切な人なんだよ」

 ピエロが初めて私のことを正面から見た。まったく変わらない能面のような顔。それが、悲しそうだと思ってしまうのは何故。

「ごめん。事情も良く知らないのに、勝手なこと言って」

 ゆるゆると首を横に振ると、彼は立ち上がった。私も腰を上げる。

『謝らないで。僕はお礼を言いたいくらいなんだから』

 お礼って。私はそんなお礼を言ってもらえるようなことをしただろうか。

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