第四章 森を抜ける間だけ 第5話

『彼らと共にあったのは、たった一夜だけなんだ。それでも僕にとってはとても大切な繋がりだから。でも、そう思っているのは僕だけなんじゃないかって、不安で』

 それは、とても意外な文字だった。彼に不安なんて言葉は似合わないって思っていたから。ピエロはしゃべらないし、表情も変わらないから、特別な気がしてしまうけれど、本当は普通の人なのだ。傷つきもするし、ときには不安にだってなる。それを上手く表現できないだけで。今度はもと来た道をたどるように、再び歩き出した背中に語りかける。

「不安なときは、誰かに頼って良いんだよ。例えば…私とか」

 月光を背にして振り返った彼は、私を一瞥するとすぐに前を向いて歩き出してしまった。だから確かめようが無いけれど、私には彼が…泣いているように見えた。

『彼らは、双子の兄妹なんだ』

 私には背を向けたまま渡された紙に、そう記されていた。

「じゃあ、一緒のお墓に入れてもらって、幸せかもしれないな」

『僕もそう思う。ただ、研究所の人間にそこまでの配慮があるとも思えないから、実際にはさっき君が言ったように、二つ墓を作るのが面倒だっただけだと思う。でも結果的には良かったんじゃないかな』

 相当仲の良い兄妹だったのだろう。次の世では二人で生き続けて欲しい。

『♣KとQ。二人はあの日でさえも、同じマークとしてそこにあった』

 ピエロにしては明言を避けた文章に、首をひねる。

「あの日って何。KとかQって、キングとクイーンってこと?クラブ…それともトランプの12と13?」

 くるりとこちらに向きなおったピエロは、私をしばらく見つめてからペンを持った。

『あの日は、僕と彼らが共にあった最初で最後の日を指す。KとQの意は、どちらも正解』

 それだけ書いて、ペンと紙を懐にしまってしまった。もうそのことについて語る気はないらしい。彼が話したくないと思うのなら、私はそれでよかった。別に興味がないわけではなく、むしろそそられるけれど、彼を傷つけてまで知る必要はないと感じたのだ。そして、気づいた。わたしにとってはピエロが、大切な人なのだ。ちゃんと話したのなんて今日が初めてだけれど、私はピエロがとても愛おしかった。今までも彼のことは気になっていた。話しかける勇気がなかっただけで。

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