第八章 満月の夜に 第2話

 物心ついてすぐ、目の前で両親を殺された。あまりにも無残な死に方だった。僕は生きながらえたけれど、ショックがあまりにも大きかった。そして、命の代わりに声を失った。声を出せない。だから物乞いはできない。誰も見向きもしてくれない。この貧しい国に孤児なんていくらでもいる。いちいち気にかけてはくれないのだ。ここに体はあるはずなのに、存在がないかのように僕を見るものはいない。空気になった感じがした。それでも僕は両親に守ってもらった命をつないだ。誰にも話しかけられず、誰の気にも止まらず。

 けれどあの日♥Qは僕を見た。僕から視線を逸らすことはなかった。口がきけないとわかっても、蔑むことはなかった。初めてだった。両親を失って以来初めて、誰かと話をした。怒声を浴びせられたり、一方的にまくし立てられることなら、ないこともなかった。しかし、僕のジェスチャーを見て、対話してくれるような人は初めてだった。だから僕は、♥Qともう一度会いたいと深く望んでしまった。♥Qが大切だと感じてしまった。


 酔っているらしい観客の男が、僕に向かって空いた酒瓶を投げてきた。観衆が息を呑む。しかし僕は表情なんて変えることなく、まわす瓶の中にその大きな瓶を加えた。あちこちで拍手がおこる。この程度、どうということはない。そのままくるくるとまわす。はかったことはないが、僕の身長は百八十センチを超えている。つまり、普通に立っていても周りの人より高めなわけで、大玉になっている今はずば抜けている。だからこそ、僕を取り囲む観客の群れの奥、明かりの届かない路地裏の階段に人影があることが認識できた。こちらが明るく、人陰のある側が暗いため、完全にシルエットとしてしかわからない。客受けが悪くなってきたようだから、そろそろ次の芸に移ろうと瓶のスピードを緩め始めた。そのとき、空を覆っていた厚い雲が風に流れ、隠れていた月が顔を出した。降り注ぐ光の中で徐々に照らされていく路地裏。

 ガシャン!

「きゃあっ」

「危ないじゃないか」

「怪我したらどうすんだ」

「落とすならそんなでかい瓶まわすなよ」

 客たちの声はしかし、僕の耳には届いていなかった。月の下で露になったシルエット。忘れるはずもない、求め続けた人だった。ピンクの髪に、白い肌。緑の瞳からは、流星が降っていた。月を見上げ泣く♥Qは、僕に気づいてはいない。こんなに近くにいるのに、声を持たない僕は自分の存在を叫ぶことはできないし、触れられるほど近くはない。

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