第三章 己の価値 第3話

『僕はあなたを確かに恨んでいる』

 いつの間にか差し出されていた紙に、そう記されていた。ああ、やはりそうなのだ。こいつは私を恨み続けている。

『でも、あなたは自身の名を教えてくれた』

 あの日私はなぜ、真名を口にしてしまったのだろう。あんな親のつけた名なんて、捨てようと思っていたのに。

 こんな貧しい国なのに、あの馬鹿どもは七人も子供を産んだ。大家族の長女として産まれた私は、物心ついたときから仕事と兄弟の世話に追われていた。全ては兄弟のため。自分のことに構う余裕なんて、無かった。そうやって自分を犠牲にし続けて…。その結果得られたものは、何だ。突然訪れた商人。私が一番、利益になる。私が一番、わかっていた。私が一番…自己犠牲に慣れていた。

「あなたがここに来たのは、あの日の順番からして、ハートのクイーンの居場所を知っている可能性が少しでもあるのが、私だけだったから、でしょう」

 そして、こいつは私の居場所を知りえていた。ステージから、あなたの顔、よく見えていた。あんな姿、見られたくなんてなかったのに。

『♥Qは、どこですか』

 それまで、同じであったはずの彼の眼は、一瞬で光を持った。気に食わない。気に食わない。

「私がタダで教えるほど、お人好しに見える?」

 ピエロは即座に、ポケットからハンドボール大の袋を取り出した。彼がその袋を左右に振ると、チャリンチャリンと金属音がする。

「それ、まさか…」

 ピエロが袋の口を大きく開け、中身を私に見せた。そこにあったのは…大量の銀貨、いや、金貨もある。

「あなたそれ、いったいどうやって手に入れたの!」

 この貧しいストナレア国で一般人が金貨というものをお目にかかる機会は、一生に一度あるかないかだ。それをこんなに。

『この仕事の客層は、富裕層がメインですし、王宮で芸をしたこともありますから』

 頭を金槌で思いっきり叩かれた気がした。こいつなんかに、口も利けないやつなんかに、こんなに私は傷ついてきたのに。

「何で私よりあんたのほうが、価値があるのよ!」

『金貨を持っていれば価値があるとお思いですか』

 ピエロの返した文字は、とても意外なものだった。

『人の価値は金では無いと、あなたが一番良く知っていると思っていましたが』

 子供のころ、よく思った。自分は価値があるのだと。家族は、幼い兄弟たちは、私がいないと生きていけない。だから私は彼らにとって掛け替えのない存在で、価値があるのだ、と。でも…違った。彼らは私がいなくても生きていけたし、私よりも金のほうがずっと価値あるものだった。

「全て、金なのよ。私は、貴方がそれを一番知っていると思っていたわ」

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