第七章 あの日の記憶 第1話
リルソフィア。それが、私が産まれ十二歳まで育った街だ。ストナレア国は貧富の差が激しい国らしかったけれど、リルソフィアは他国との貿易で常に栄えており、街の中だけで見ればみんな恵まれた生活をしていたといえる。しかもリルソフィアの街は高い防壁で囲まれ、検問が王宮並みに厳しかったから、町民と商人以外を見かけることはとても稀だった。だから私たちリルソフィアに住む子供は、学校の社会の時間に「この国には貧しい人がたくさんいるのです」と言われても、ピンとこなかった。リルソフィアの子供たちは、危険だという理由で子供だけで街から出ることを禁じられており、街から出たことのある子は少なくとも私の周りにはいなかった。危険というものを言葉としてしか知らなかった私たちは、いつかこの街から出てみたいと思うようになっていた。
「え、街の外にでるの!」
そろそろ冬支度を始める時期の夕食に、母が私を誘った。
「リベルまで連れていくことはないんじゃないか。危険だと思うぞ」
父が母を咎める。しかし、せっかく街から出られる機会を逃したくない。学校のみんなに自慢したいという気持ちもあった。
「私行きたい!お母さん、外で何するの」
「お母さんの弟、リベルから見たらおじさんにあたる人がね、隣町に越してくることになったのよ。だから、新居に必要な買い物を手伝ってあげようと思って。で、考えてみたらリベルに一度も会わせたことなかったじゃない。だから一緒に行きたいの」
楽しそうに語る母に、父も許す気になったのだろう。私が行きたいのなら、ついて行って良いと言ってくれた。
こうして母と二人で街を出た私は、検問をくぐったとたんに愕然とすることになった。まず目に入ったのは、入門審査を待つ人の長蛇の列。そして、街を囲む外壁にもたれかかる人々が門のすぐ脇からずらりと続き、街を覆っていた。どこまでも続く、生と死の間をさまよっているかのような人たち。私は母の手を握り締めて歩き続けながら、この門は本当に生きるものと死ぬものの境界なのかもしれないと思った。そのときにはもう、街の外に来たという歓喜と興奮は私の中からすっかり失われていた。
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