第一章 私は今 第1話

「お嬢様、待ってください!」

 私の叫びもむなしく、ゼルドナお嬢様は早足に進んでゆく。今日はゼルドナお嬢様がずっと待ち望んでいた、ショッピングの日。既に私の両腕は、靴やらバックやらで一杯だ。積みあがった荷物で、前もよく見えない。このままじゃ、誰かにぶつかってしま…ぅあ

「いってぇな、テメェ」

 思ったそばから、やってしまった。しかもよりによって相手は厳つい大男。よし、ここは一先ず。

「すみません、大荷物で前が見えなくて。あはは…」

 笑顔で謝ってみようと試みたが、だめだ。怖すぎる。なんだか、余計に怒らせてしまった気も。

「こっちはな、そんな平謝りをして欲しいんじゃねぇんだよ。…お前、随分と良い身なりしてるな。よし。ここは金で解決といこうじゃねぇか」

「いや、私は唯の召使の身分でして…。お渡しできるようなものは何も」

 困った。これは本当に困った。ここは貧富の差が恐ろしいほどに違う、ストナレア国。ほぼ只働き同然の召使でも、一日三回の食事をし、屋根のある部屋でベッドに入って眠れる時点で、恵まれている部類に入る。対する大男はその身なりからして、今日の食べ物にも困っている部類であろう。どんなことをしてでも、私から金目のものを奪おうとするに違いない。本当に、どうしよう。

「何をしているの、サロア」

 聞きなれた声が、私を呼んだ。

「お嬢様!」

 私より三つ年下である筈なのに、妙にしっかりしていて、大男より威厳のあるゼルドナお嬢様が、救いの神のように思われた。

「ほう。あんたがこいつの飼い主かい。あんたのとこの召使が、俺にぶつかってきやがったんだ」

「で?」

 お、お嬢様。「で?」って…またすごい切り替えし方をしましたね。

「このクソガキ、俺を嘗めてんのか」

「このハゲオヤジ、私を誰だと思っている」

 お嬢様の目は、しっかりと大男の瞳を捕らえて放さない。自分よりも十センチは低いお嬢様の後ろに隠れながら、私はかなりひやひやしていた。いくらお嬢様に肝が据わっていようと、実際に大男が実力行使に出たら、子供なんてひとたまりもないに違いない。

「サロア」

 突然鋭く呼ばれ、びくりとした。

「はい、お嬢様」

「こいつにぶつかったっていうのは、事実なの」

 お嬢様は大男と対峙したまま、こちらに向き直る様子はない。その無言の背中が、後ろを任せられたようで、少し嬉しい。…まあ、敵は一人しか居ないのだから、後ろを攻められることは皆無だけれど。

「荷物で前が見えなかったのでぶつかっ…」

「そう。サロアが前を見られないのを良いことに、金を巻き上げるためにわざとぶつかってきたのね」

「…お、お嬢様…?」

 戸惑う私を完全に無視するお嬢様。ここはお嬢様に任せたほうがよいと判断し、口を挟まないでいることにした。

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