第四章 因縁の地下遺跡へ

第29話 病床の兄と再会

 ビルイェル伯爵領・ヴェスティの街まで、ボクたちは戻ってきた。


 今は騎士のキルシュ、鳥人族の僧侶ヴィク、エレオノル姫様が率いる騎士団も一緒である。


「大丈夫ですか、ヒューゴさん? また、門前払いということは」


「身内なので、おそらく平気です」


 まず、ボーゲンさんにあいさつをする。


 療養所で、ボーゲンさんを呼んでもらった。

 

「お久しぶりです」


「おお、ヒューゴじゃないか」


 快く、ボーゲンさんはボクを迎えてくれる。


「ひさしぶりね、おじいさま」


「ああ。ソフィーア。無事だったかい」


 ソフィーアと聞いて、騎士団がざわついた。


「あの、ソーニャさん。あなたはもしや、ボーゲン・マインラート殿の」


 ヴィクの質問に、ソーニャさんはあっけらかんと「そうよ」と答える。


「マインラート卿の、お孫さんだったとは」

「伝説の魔導騎士、ボーゲン様の、孫だったとは」

「ボボル・ギソと双璧をなす、最強術師の一角」 

 

 また、騎士団がざわめいた。


「お静かに。存じ上げなかったのですか? 彼女は、ビルイェル伯爵のお嬢様ですよ」


 姫様の一言に、騎士団のどよめきがより大きくなる。


「やめてくださいまし。エレオノル姫様。そういう騒動を避けるため、町娘風に変装していましたのに」


「ウフフ。あなたのような町娘がいますか?」


 姫様は、すぐにソーニャさんの正体をカンパしていたらしい。


 まあ、あれだけテーブルマナーが行き届いていたら、誰だってソーニャさんが貴族だってわかっちゃうよね。


「一〇代前半で【メテオバースト】なんぞ放つ魔力、お父上によく似た目鼻立ち、どれをとっても、ただものではないとお見受けしておりました」


「バレていたんですね?」


「ウソです。わたくしは、赤ん坊だったあなたを抱っこして差し上げたこともありましてよ」

 

 姫様にジョークを言われて、ソーニャさんが頬を膨らませた。こっちのほうが、ソーニャさんらしいや。


「エレオノル騎士団の方々とご一緒ということは、遺跡に向かうんだね?」


「はい」


 ボクは、事情を説明する。


 ソーニャさんが、ファミリアを召喚した。


 ファミリアは、両手にハンドベルを持っている。


「これは、【恬淡てんたんの鈴】……すごいな、ヒューゴは。ワシでも、文献でしか見たことがない。どこにあるかすら、わかっていなかった」


 ダンジョンで手に入れたハンドベルを見ながら、ボーゲンさんがつぶやく。

 

「そうか。これが必要だったんだね。だから、やめておけといったのだ。しかしエルネスト王子は、自分がいるから大丈夫だと」


 エルネスト王子は、レアアイテムの存在を知らなかった。こんなアイテムが必要だと分かったのは、ギソのダンジョンの最下層にあった文献からである。

 エレオノル姫を待っていれば、兄はまた違った結末を迎えていたかもしれない。

 

「兄の愚行は、お詫びいたします」


「いや、エレオノル姫よ。あなたの責任ではございません。お顔を上げてくださいませ」

 

 ひざまずいたエレオノル王女を、ボーゲンさんは両肩を持って抱き起こした。


「ヒューゴさんも、ごめんなさい。あなたのお兄様を、我が兄は」


「お気になさらないでください」


 姫も、同じように兄に危機が及んだ。


 ボクは、姫様の気持ちが痛いほどわかる。


 でも、なぐさめの言葉は見つからない。

 

 タイミングが悪かった。それしか言えない。


「して、ヒューゴよ。あの遺跡に行くんだね?」


「はい。その前に、ロイド兄さんに話を聞こうと」

 

「わかった。ついておいで」


 ボーゲンさんが、方向転換をした。一瞬立ち止まって、姫様の方を向く。

 

「おっと。王女よ。申し訳ないが、騎士団殿たちには待機してもらってください」


 騎士団がゾロゾロと来ては、ボクの兄の精神に関わるからと。


「わかりました。ザスキアさん、皆には待機するようにお伝え下さい」


「承知いたしました。お気をつけて」


 王女が、ザスキアさんに指示を送る。


 ボーゲンさんは、ボクたちを畑の方へ案内した。


「今回は、すんなり通してくださいましたね?」

 

「ヒューゴと孫といえど、会わせるわけにはいかなかった。まだ、完全に治っているわけじゃないですからね」


 だがボーゲンさんは、ボクが遺跡攻略に必要なアイテムを手にしたことで、考えが変わったらしい。

 これなら、会わせても大丈夫だろうと。


「ここだよ」


 兄ロイドは、畑でトマトを品定めしていた。


 この間まで、寝ていることすら苦痛に見えたのに。


「人はね、誰かの役に立つってのが重要なんだよ」

 

 今までのロイド兄さんには、休む時期が必要だった。なにもさせず、ただ眠らせる日が続いたという。

 身体を起こすようになったので、畑仕事を手伝ってもらうことにしたそうだ。


 ボーゲンさんは、少しずつでいいから動くように働きかけたという。身体を動かすことで、余計なことを考えずに済むからである。


 働いていないと、人はずっと自分のことしか考えなくなっていく。自分のだめなところばかりにスポットを当てて、余計に自分がイヤになる。


「役に立たなくてもいいから」と、ボーゲンさんは兄をほんの少しだけ働かせた。


 少しずつでも働くことで、自分以外のものが見えてくるそうだ。

 身体を動かせば、血の巡りもよくなるらしい。


 土いじりから初めて、ようやく野菜を植えるくらいには回復した。食べられなくてもいいから、何かを育てることで、自分以外にスポットを当てている。


 ボーゲンさんの治療は、うまくいっているように見えた。


 ここでボクが遺跡に関して問いかけて、また悪化したらどうしよう。


 そんな事ばかり考えていると、ソーニャさんが前に出た。

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