第5話 伯爵令嬢にケンカを売られる

 ソフィーア姫が行きそうな場所を、教えてもらう。


 だが、小物類などのお店にはいなかった。

 スイーツの屋台とかも回ってみたが、それらしい影は見当たらない。

 

 女子だからって、そういう場所にいるとは限らないか。


 ボクを、というか、ボーゲンさんの弟子をやっつけに行くわけだよね?

 森に出ちゃってる……可能性は低いか。さすがに、門番さんが連絡するだろう。


 となると、アッチか。


 ボクは、冒険者の酒場に向かう。


 小柄の少女が、行商人さんと話し合っている。

 魔導書を、買っているようだ。

 ローブをまとっているが、きぐるみっっぽいのが逆に怪しい。

 瓶底メガネで、さらに目立っている。


「こんにちは。お姫様」


 話しかけると、少女はビクッとなった。


「どうして、完璧な変装がバレたの!? メシェーネ地方にいる【トサカワレグリフォン】のヒナに、完全に擬態したはず!」


 グリフォンだったら、街で魔導書なんて買わないよ……。

  

「ボクは、ヒューゴ・ディラ・ハリョール。お姫様ですよね?」


ディラ・ハリョールハリョール村のヒューゴね。わかったわ。あたしはソフィーア。いかにも、ビルイェル伯爵令嬢よ。ソーニャって、呼んでくれていいわ」


「メイドさんが困っていますよ、帰ろうよ」


「まだよ。ボーゲン・ビスマルクの弟子が潜伏している以上、ぶっ飛ばさないと」


「それ、ボクのことだよ」


「マジで言ってんの?」


 瓶底メガネを上げて、ボクの顔を覗き込む。

 

「大マジメですよ。ボクは冒険者の手ほどきを、ボーゲンさんから受けている」


「全然、強そうじゃないわね」


「まだひよっこだからね」


「まあいいわ。勝負よ」


 ソーニャ姫が、宝玉のついた杖を、ボクの前に突き出す。

 この杖は、グリフォンの前足だね。


「えーっ。お姫様相手に、ケンカなんてできないよ」


「グダグダいっていないで、勝負しなさい」


 姫様の魔力が、杖の先に集中し始めた。


 ここでぶっ放すつもり?


「表に出ましょう。話はそれからです」


「いいわ。一度、言われてみた方のよね。『表へ出ろ!』って」


 ボクと姫様が、外に出る。


「悟られないように、裏道から」


 姫様を誘導して、狭い道を抜けた。そこから、人の来ない丘にまで上がる。


「ここでいい?」


「十分な広さね。ここなら、スキなだけ魔法が撃てるわ」


「村の作物が焼けちゃうので、派手にしないでね」


「わかってるわよ。あんなのただの脅しに決まっているじゃな、いっ!」


 杖の先端から、ソーニャ姫が【ファイアボール】を出す。

 予備動作なしで、発動!?


「うわっと!」


 ボクはゴブリンから手に入れた剣に、魔力を込めた。レア手甲の効果と合わさって、【マナセイバー】の流れがスムーズだ。

 魔力で強化した剣で、ファイアボールを受け止める。


「農民にしては、やるわね。これならどう?」


 またソーニャ姫が、ファイアボールを展開した。


 剣を構えて、魔弾の行方を探る。


「勝負はこれからよ。【ウィル・オ・ウィスプ】!」


「あれ!?」


 まっすぐ飛んできた魔弾が、軌道を変えた。


 マナセイバーで受け止めたが、弾が脇腹をかすめてしまう。反応が遅れたか。


「それもかわすの!?」


 姫様の、とっておきだったらしい。


「まだまだ。もういっちょ!」


 曲がるファイアボールを、姫が連発した。


 相手は、こっちの死角を狙う。


 だったら。


「おおおお!」


 ぽかぽかぽかと、ボクは相手のファイアボールを素手で撃ち落とした。


「な!?」


「さっき当たったけど、痛くなかったもんね!」


 ボクは剣の先を、姫様に向ける。


「チェックです!」


「くっ!」


 姫様が、両手を上げた。


 それで、姫様の負けが確定する。


「まいったわね。あんたのレア装備を差し引いても、あたしは負けたでしょうね」


「もったいないお言葉で」

 

「謙遜しないの。まったく。あたしも結構修行してきたのに」


 修行の方向性が間違っていたんです、と言いかけて、やめた。


 これがボーゲンさんの言っていた、『リソースのムダ遣い』か。


 姫様は、「ファイアボールを曲げて、相手の死角を的確に狙う」ことに、重点をおきすぎた。もし「威力」だけに注目していたら、こちらの武器を破壊するくらいの力は出ていただろう。それだけに、実に惜しい。


 農民であるボクが、偉そうに講釈するつもりはないけどね。


 悪いけど、姫様には自分で気づいてもろて。


「それにしても、どうしてボクに挑もうとしたんです?」


「決まってるでしょ。かわいい孫がいるにも関わらず、弟子を取って孫への愛情を注ぐ代替行為をしてけつかってるからよ」


 なんだ、そんなことか。


「おじいさんに構ってもらえなくてさみしいなら、そういえばいいじゃん」


「ち、違うってば。孫をかわいく思っているのは、向こうのほうだから!」

   

 まったく、この祖父と孫は、変なプライドの高さまで似ちゃって……。



「おお、いたか。ソーニャ」


「お、おじい、ちゃん……このおっ!」


 ソフィーア姫が、ファイアボールをボーゲンさんに投げつける。


「おじいちゃんのバカ!」


「おいおい! ずいぶんな、ごあいさつじゃないか」

 

 ボーゲンさんが、ファイアボールを杖でかき消す。


「冗談じゃないわよ! あたしという孫がいながら、歳の近い弟子なんか取っちゃって! あたしし才能がないとでも言いたいわけ!?」


 なおも、ソフィーア姫はファイアボールを連発する。


「お前はワシの指導なんて、まともに聞かんだろうが!」


「お黙りなさい! 言うことなんて、聞くわけないでしょ!? でもあたしをそっちのけで他の子をトレーニングするなんて、頭にくるのよ!」


「めんどくさいなあ!」

 

 ギクシャクした関係を見て、この二人が打ち解け合うのはちょっと時間がかかりそうだなと思った。


 こうして、ボーゲンさんにかわいい弟子が追加されることに。




 だが、修行をして一年たったある日のこと。


「ロイドが帰ってきたぞ!」



 次男のロイドが、うなだれて帰ってきたのである。

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