第6話 兄が、病んで帰ってきた

 兄ロイドが、冒険から帰ってきた。

 しかし、出発当時とは別人になっている。

 冒険に出た当時に比べると、覇気がまるでない。


「おかえりなさい、ロイド兄さん」


 呼びかけにも、応じなかった。


 かなり、憔悴しきっている。


「ロイド、ヒューゴが呼んでいるだろう」


「ああ、ヒューゴか。すまん、兄貴」


 長男が声をかけて、ようやくこちらに気付いたみたい。


「何があったんだ? 父さんも母さんも、心配していたんだぞ。連絡もよこさないって」


「ああ、遺跡の財宝は、見つかったんだ」


 ロイド兄さんは、恐る恐る語りだす。


「当時は、複数のグループと共同で探索をしていたんだ。ところが、財宝が見つかった途端に、仲間割れを起こしてな」


「そりゃあ、とんでもない財宝を目にしたら、みんな目の色を変えるだろう」

 

「違う、同じグループ同士でだ!」


 木のテーブルに、ロイド兄さんが拳を叩きつける。


 財宝を見つけた矢先、同士討ちが始まったそうだ。


「なにが起きたのか、わからなかった。リーダーに、騎士がいただろう? あいつだけが正気だったから、二人で逃げた。財宝もほったらかして、必死で走ったよ」


 だが、その騎士も仲間に見つかってしまった。

 騎士はロイド兄さんを逃がすため、一人で遺跡に残ったらしい。


「そのリーダーは?」


 ロイド兄さんは、首をふる。


 騎士さんの生死は不明らしい。背中から斬られたから、生きてはいないだろうと。


 現在、その遺跡は封鎖されたという。


 単なる報告に、一ヶ月以上もかかったそうだ。


「オレは、どうすればよかったんだ! もうたくさんだ! あんな事が起きるなんて!」


「いや。わからんでもない」


 ボーゲンさんによると、遺跡の宝には、泥棒よけの呪いがかかっていることもあるそうだ。


「お前さんが見たリーダーも、もしかすると助かっているかもしれん」


 防犯の呪いの中には、同士討ちのフェイクを見せることもあるそうだ。遺跡に入った人間の記憶を操作して、同士討ちと見せかけて、実際はスケルトンが動いているだけ。そういう幻覚を見せるタイプの、呪いもあるという。


「お前さんはトラップよけのスキルを持ち、あのリーダーは神から加護を受けていた。だから助かったんだろうね」


 それでも、同士討ちまでは看破できない。他の仲間はまんまと引っかかり、パニックになってしまった。


「仲間の命を奪っただけじゃない。オレは、自分の恋人にだって、矢を向けた」


 兄さんが、自分の手を見つめている。一番、辛かった思い出だったんだろう。

 

「報告に行っても、オレが犯人扱いされた! 財宝を独り占めしようって企んだんだろう、って!」


「あの遺跡のある地点は、閉鎖的な国家だからね」

 

 ボーゲンさんが、酒を煽る。

 

「だから言ったのだ。不用意に遺跡探索には行くなと」


「オレは、どうすればよかったんだ?」


「行かねばよかった。それだけさ」


「ちくしょう……」


 多くの仲間を失い、ロイド兄さんはうなだれていた。


「もう、冒険になんかいかねえ。なにもかも、嫌になった」


 兄さんが、弱音を吐く。

 

 ボーゲンさんが、ため息をついた。


「参ったね。これでは、社会復帰は当分無理そうだよ。ヒューゴ、ソーニャ。冒険者になる訓練は、おあずけだ」


「冗談じゃないわ。あたしは、まだあきらめていないわよ」


 ボーゲンさんの言葉に、ソーニャ姫が反論する。


「ちゃんと両親にも、許可を取ってあるわ。ちゃんと勉強もするから、旅を許可してほしいって」


「だけど、ワシが同行できないならなあ」


 ソーニャ姫が旅立つ条件は、ボーゲンさんが一緒にいること。


「ワシは、ロイドのカウンセリングをせねばならん。でなければ、ロイドの兄さんやご両親が、世話をすることになろう」


「我々は、構いませんよ。家族ですから」


「そういうわけにも、いかん。冒険者は一度冒険に出たら、もう独り立ちできねば。それに、ロイドの世話をするだけでも、ここに滞在させてもらっている恩を返すことにはなりませぬ」


「気にしないでください、ボーゲンさん。あなたがいてくれて、助かっている。ゴブリンの巣も、かなり湧かなくなりました」


「それは、ヒューゴたちの力があってこそ」


 一年ばかりの間、ゴブリンの巣は、ボクたちが撃退している。湧いては叩き、湧いては叩いていた。そのおかげで、装備もかなり充実している。


 といっても、ゴブリンはレアは落とさなくなってきた。

「相手と力量差がありすぎると、敵の戦力分析能力が落ちるから」とのことである。 

 

「鍛えてくださったのはボーゲンさん、あなたです」

 

「そういってもらえると、助かるけどねえ」


 どうしたものか、と、ボーゲンさんはひとりごつ。


「そうだ」と、ボーゲンさんが手をポンと叩く。


「どうせロイドの治療で、街に行くんだ。その街に、知り合いがいる。彼女と同行しなさい」


「どんな人なんです?」

 

「ソーニャの両親との繋がりで知り合った、ダークエルフだよ」

 

 その人は、ソーニャ姫の両親をボディーガードしていた、元メイド長だという。

 ソーニャ姫が生まれて、自分も結婚し、子どもができた。後を弟子たちにまかせて、引退したそうだ。


「その人と一緒なら、ソーニャの両親も安心するだろう。今から、会いに行こう」

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